朝、鏡を見たら、眉毛の白い一本がまた増えていた。
「おいおい、勝手に仲間を呼ぶなよ」と思いつつ抜くのはやめた。
どうせ明日には二本になって戻ってくるのを、もう知っている。
春の匂いがすると、なぜか人生を振り返りたくなる。
62年という時間は、思っていたよりもずっと速く、そしてずっと重かった。
若い頃は、未来ばかり見ていた。
あれもしたい、これもできるはずだと、根拠のない自信だけはあった。
けれど、振り返ってみれば、思い通りにならなかったことの方が多い。
それでも、その寄り道や失敗が、今の自分を形づくっているのだと思えるようになったのは、いつ頃からだろう。
結婚して、家族ができて、
笑ったり、怒ったり、黙り込んだり、すれ違ったり。
それでも、気づけば今日も、別の部屋で別々のことをしながらも、
同じ静けさをそっと分かち合っている。
この距離感が、長い年月を一緒に歩いてきた証のように思える。
もし若い頃の自分に会えるなら、こう言うだろう。
「焦らなくていい。歳を重ねると、見える景色が変わる」と。
後悔を数えるために振り返るのではなく、
これまでの自分をそっと抱きしめ直すために振り返るのだと、今ならわかる。
よくここまで来たな、と。
そして、まだ続きがあるのだ、と。
62歳の先にも、きっと新しい景色が待っている。
今日の自分が、未来の自分にとって“振り返ってよかった日”になるように、
ゆっくり、静かに歩いていこう。
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