息子が中学へ進学する時、私は当然のように、彼は、小学校で続けてきたソフトボールの延長で野球部に入り、いずれはプロ野球選手を目指すものだと思っていた。
あれだけ毎日ボールを追いかけ、仲間と汗を流し、私も“チチロー”として一緒にグラウンドに立ってきたのだから、自然な流れだと信じて疑わなかった。
ところがある日、息子が突然こう言った。
「硬式テニスがやりたい」
理由を聞くと、どうやら錦織圭選手に憧れたらしい。
その一言で、私の中の“野球一直線”の未来予想図はあっさりと書き換えられた。
しかし、中学には硬式テニス部がない。
そこで私たちはテニススクールを探し、息子は新しい挑戦を始めることになった。
小学生の頃のソフトボールは、私も得意だった。
キャッチボールもノックも、模範演技を交えながら“チチロー”として胸を張って教えることができた。
だが、硬式テニスとなると話は別だ。
私はラケットを握ったことすらない。
できるのは、ボール出し程度の“なんちゃってチチロー”。
それでも口だけは達者で、フォームだの打点だの、知ったような顔でつい言ってしまうのが私らしいところだった。
息子は中学生の間、試合に出ても経験の浅さもあってか、なかなか勝つことはできなかった。それでも私は応援に行くのが本当に楽しかった。
勝ち負けよりも、息子が新しい世界で必死に食らいついている姿を見るのが嬉しかったのだ。
そんな応援のかいがあったのか、息子は高校に進学してから大きく成長した。
中学時代の悔しさや努力が実を結んだのだろう。
ついに県大会で準優勝という結果を残したのである。
その瞬間を見たとき、胸の奥から込み上げてくるものを抑えられなかった。
あの小さかった息子が、泣きながらボールの正面に入っていたあの子が、今は自分の選んだ道でここまで戦っている。そう思うと、本当に幸せで涙がこぼれた。
少子化の時代になり、子どもを育てることの大変さばかりが語られることが多い。
もちろん理由はいろいろあるだろうし、簡単に語れる問題ではない。
それでも私は、こうした“子どもの成長を感じて心が震える瞬間”を、もっと多くの人に味わってほしいと強く思う。
子どもが見せてくれる小さな一歩。
その積み重ねが親にとってどれほどの喜びになるのか。
その感動は、何ものにも代えがたい。
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