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2026年03月29日12:05

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松原照子の「世見」(転載)

本日の世見  2026年3月29日(日曜日)

『人体実験』

人間を生け贄として神に捧げる風習があったのは珍しくないお話ですが、アステカ帝国では、16世紀になってもこの生け贄の儀式が行われていたといいます。
それも、数千人もの生け贄が捧げられていたこともあったのですからね。

アステカ帝国の首都テノチティトランで行われていた生け贄の儀式は凄すぎました。
神殿の壁・床には、その日殺された生け贄の血がこびりつき、生け贄の心臓を焼く者や、人肉を調理して食べる者もいました。
この生け贄を手に入れるために、友好関係にある周囲の国と戦争もしていました。
この戦争が「花の戦争」と呼ばれた理由は、相手を死なせてしまっては生け贄にはありませんから、石や棍棒で殴る程度で終わらせていました。

生け贄を処刑する方法も様々で、5人がかりで手足を押さえつけて、ナイフで心臓を取り出すというやり方で、その心臓が神に捧げられました。
体は切り刻んで皆で食べたのですが、これも儀式のひとつです。
王や神官たちは、死体から剝いだばかりの皮を身にまとって、神に祈りを捧げたといいます。あの時代、生け贄になるのは名誉なことと考えられていたといいますが、これがやがてアステカ帝国を追い込むことになるのです。

人間はどこまで残酷になれるのでしょうか。
ナチスの「アウシュビッツ21号」では、手術代や解剖台で人体実験をしていました。
その内容はおぞましいものばかりです。
「断種実験」「皮膚移植」「新薬の投与実験」「手足の切断実験」‥‥地獄です。

ナチスは、ここで亡くなった人や、ガス室で亡くなった大勢の人を再利用していました。髪は布の生地に、灰や骨粉は肥料に、皮膚は紙として利用していたのです。
「石鹸作り」は恐ろしすぎます。
並べられた死体を機枠で固定し、首を切り落とし、流れ出る体液をバケツに溜め、その体液で石鹸を作っていたのです。
これに近いことが北朝鮮で起きています。
その場所は、北朝鮮西海岸の孤島だそうです。


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