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2026年03月08日10:56

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松原照子の「世見」(転載)

本日の世見  2026年3月08日(日曜日)

『奈良時代の地震』

日本には、こんな時代があったんですよ。
天皇と貴族が、中国を手本に「律令」を作り、全国の土地と民衆を支配する体制を作り上げていましたのが奈良時代でした。
農民は、戸籍が6年ごとに作られ、16歳以上の男子には二段(=反)(約20アール)、女子にはその三分の二の田が割り当てられました。そして、本人が亡くなるとその田は没収されていました。
人工の約10%の卑しい身分とされた賤民(奴婢)には、農民の三分の一しか与えられませんでした。
日本にも、韓流ドラマ、華流ドラマとよく似た時代があったことがわかります。

この奈良時代に、地方の農民に生まれた民は、竪穴式住居に住み、一日に二食、米に粟や稗を混ぜたものを食べていました。
衣服は麻製のものを着ていました。
大宝律令が成立して、日本という名称が確立したのが701(大宝元)年です。
大宝地震が起きたのは、この年の5月12日でした。
『続日本紀』には「丹波国地震」と書かれています。
この地震では、竪穴式住居とその埋土を引き裂いたと記されているようです。
この時、京都府の北部が激しく揺れたことがわかっています。

また、715年には二つの地震が記録されています。
「遠江地震」です。
この地震では、山が崩れ、馬込川が堰き止められたために、水が下流に流れずに、数日後に決壊して磐田の三郡の民家170区あまりが水没しました。
その翌日には参河国(みかわのくに=三河国)で地震があり、大きな被害が出たのです。

奈良時代に起きたこの大地震と同じような地震が、今起きないと誰が言えるでしょうか。
744年7月6日、八代、天草、葦北(あしきた)の三郡では、1520名もが水中に漂没したことが『続日本紀』に書かれています。
桑名市、四日市市を南北に貫く“養老-桑名-四日市断層帯”も崩壊‥‥今日も訳もわからず書きたくなりました。
美濃。飛騨、信濃、この地も大きく揺れたことがあったとか。

地震は不意打ちでやってきます。
日頃から、「自分は生きている」この事を自覚して、“生き力” を高めてください。
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