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2026年02月26日08:20

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松原照子の「世見」(転載)

本日の世見  2026年2月26日(木曜日)

『おっちょこちょい』

“昭和生まれ”といわれると、なんだか歳をとった者のことをイメージしてしまう私ですが、令和波今年で8年目、平成は30年ありました。
昭和生まれの人の中には、まだ40歳にならない人たちも多くおられます。
ということは、これからの60年は、まだ昭和生まれの人が頑張ってくれていることでしょう。

世相や出来事の影響を受けやすいのが、子どもの名前だといいます。
昭和50年代までメジャーだった「子」とつく女の子の名前が、現在はほぼ姿を消したといいますからね。
名前で、時代も見えてくるのです。
子どもがなりたい職業も、この30年で随分と変わったことと思います。あなたは子どもの頃、どんな職業に憧れましたか?

私は、中学生の頃、婦人警官と薬剤師でした。
婦人警官になれなかった大きな理由は、運動神経が今一つということ。
自転車に乗る練習をしても、自転車を押すだけ。
泳ぎは全く無理。
薬剤師を断念したのは、母の一言。
「照子ちゃん、薬を間違えたら、ごめんでは済まないよ」でした。

私は関西でいう「おっちょこちょい」、他の言い方なら「粗忽者」かなぁ。
これにはすぐに納得です。
私の人生には、おっちょこちょい物語がありすぎますからね。
「お笑い劇場の幕開け」と言えるくらいの失敗談には枚挙に暇はありません。

バスに乗ったら乗ったで、運転手さんの後ろに座ったものだから、つい出た言葉が「運転手さん右に曲がってください」 そのバスには学生さんが多く乗っておられたもんだから、バス中が大爆笑。
私の娘は、今だに、この時私のことを知らない人にしたかったと言っています(笑)。

こんな出来事があり過ぎるので、私のことを「先生」なんて言ってくださる方と出会うと、「“おてるさん”と呼んで」とお願いしてしまいます。
こうした失敗談を書いてみたくなるのは、お読みくださった方は、きっとお顔に微笑みの花を咲かせてくれると思うからです。
人生はこれから。まだ何かやらかしそうです(笑)。
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