■「守護神様の声に従った」保護司殺害事件の初公判 36歳男が起訴内容認める 滋賀・大津市
(TBS NEWS DIG - 02月17日 11:54)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=266&from=diary&id=8674098
師佐藤六龍は、中国の隠避思想の大家です。
一口に中国の隠避思想と言っても様々ですが、師は超能力を認めていませんでした。
物質的超能力、たとえば、念力でものを動かしたり…ということはない、ことごとくインチキだとおっしゃっていました。
では、福来友吉のやった実験をどうとらえるか…ということになりますが、私はおろか、師すらも生まれる前の事件です。その話は置いておいて。
そこで、問題になるのは、精神的超能力をどうとらえるか…ということです。
私にもいくつか経験があります。
高校時代、Xという場に思い入れがありました。ある日、胸騒ぎがするのでわざわざXに行ってみたら、とんでもないトラブルが起きていた。
論文を書いていて、こういう話があったらな…と思っていた。
そして、今まで読んでいなかった華厳経の本文を検索したらすぐに見つかった。
ということです。
超能力かもしれません。
師と話して、そういう話になることがありましたが、師は
「曰く言い難し」とおさえよ
とおっしゃいました。
何らかの形で考えたいたからこそ、
Xで事件が起きる、華厳経に透明人間の話がある
ということを薄々知っていたのでしょう。極度の集中の経験をどこかでしていたからです。それはおそらく夢の中です。
夢の中での極度の集中 超能力と言ってもいいかもしれないこの状態は、
まさに、御守護神様のお告げそのものです。
師がおしゃった曰く言い難しとは、現象はあるがレッテルを貼ってはならない…ということでしょう。現象は同じでも、
深層心理の中での解決と、御守護神様では評価の観点では大違いです。
話を伺ったときは、物足りない印象でしたが、数学を考えてみましょう。「解なし」や「解不定」も立派な解決です。
だから、コイツのまちがいは、自分の内側から出たことに、御守護神様という誤った名前を振ったことです。
この辺りに新興宗教の問題点があります。
世間に観音様を信仰している人はざらにあります。しかし、観音様は「副作用」がありません。会費が高い(という会もあるかもしれませんが)わけでもなければ、信者を獲得しないと罰が当たるわけでもありません。
ところが、新興宗教は違います。
前にもお話ししましたが、
ある宗教は二代目のドラ息子が、身近に仕える女性信徒の制度を作りました。18〜22までの処女とか。
この人は追放されましたが、初代はそういうことを見越して、「教えを乱すものが現れる」という「予言」を残しています。要するに予防線を張っています。
もしかしたら、そういうものに引っかかるのは、
原因において自由な行為
「犯罪実行時に心神喪失状態であっても、その状態を自ら招いた場合、当該犯罪行為について完全な責任がある」
なのかもしれません。
また、そういうインチキに引っかかるのは、悪意のない車の事故と同じです。いくら過失だからと言って責任を問わないのはおかしいです。
法的な理論は詳しくありませんが、
コイツの場合も、心神耗弱や心神喪失と、正常の状態を二値論理的に分ける(YNだけで中間の状態を認めない)のではなく、有機的に適用するべきだと思います。
もっとも、「御守護神さま」は、コイツの口からのでまかせかもしれませんが。
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