ケン・ローチの1977年作品。本来は劇場用映画ではなくBBCのテレビドラマだ。二部作になっているが、それぞれ独立した内容なので、どちらか一方だけ見ることも可能な作りになっている。
「第一部 炭鉱の人々」は、舞台となる炭鉱にチャールズ皇太子(当時)が視察に訪れることになり、経営者たちは体裁を繕うのに右往左往。労働者たちは、そんなことより俺たちの普段の労働環境をよくしろと、チグハグな対立が起きる。昔のアメリカ映画によくあった設定であり、シリアスな問題を織り込みながらも、全体的にはほのぼのとしたコメディタッチだ。
しかしこの第一部には、正直乗れなかった。画質があまりに悪いからだ。当時のBBCのドラマで使われていた16mmフィルムによる撮影で、彩度も解像度も低い。1977年作品であっても、通常の劇場映画ならこんなことはない。同じケン・ローチの『ケス』は1969年作品だが、35mm撮影でもっと画質が良かった。ドキュメンタリー的なタッチを出したかったのだろうし、内容自体は悪くないものの、2026年の観客にこの映像クオリティはきつい。第一部と第二部の合間に10分の休憩が入るが、その休憩時点では、本作を2026年の最初の映画に選んだことを後悔していた。
それが「第二部 現実との直面」になるとガラリと印象が変わる。画質が改善されたわけではないが、物語が格段に力強いものとなり、一瞬も目が離せなくなるのだ。
第一部と同じ炭鉱で爆発事故が起きて、坑内に8人の坑夫が取り残される。その救出作業と、家族や社員の姿を描く物語で、コメディタッチの第一部から一転してシリアス極まりないドラマとなる。11月に劇団桟敷童子の『一九一四大非常』という芝居を見たばかりだったので、炭鉱内の事故という題材がより一層リアルなものに感じられた。
しかしこれはケン・ローチ作品である。熱血系の桟敷童子や、ハリウッド製のディザスターフィルムとは一味も二味も違う。どんなに悲劇的状況であってもドラマチックにならず、対象に一定の距離を置いたドキュメンタリータッチで描く。対象への距離感が第一部と変わらないからこそ、ほのぼのとしたユーモアに満ちていた世界が、たった1つの事故で、ここまで一変してしまう残酷さや、家族が「まだ現実のこととは思えない」とつぶやく状況の異様さが伝わってくる。
しかもここに来て16mmフィルムのざらついたテクスチャーや彩度の低さから来る閉塞感が、内容と完全に合致する。第一部ではマイナスにしか感じられなかった画質の悪さが、第二部においては作品に不可欠の要素と感じられるようになるのだ。
ハリウッド映画との大きな違いは、爆発事故が起きた後、中に取り残された鉱員たちの描写が一切なくなることだ。ハリウッド映画や日本映画なら、必ず坑内の描写も入るはずだが、本作では彼らが今どんな状況にいるのか、生存者がいるのかいないのかが、まるで分からない。それが救出に奔走する人々や残された家族の不安にシンクロし、緊張感を高める。情報を切り捨て、ドラマチックな演出を避けることで、逆に見る者の感情を揺さぶる面白さ。
第一部における登場人物の描写が、第二部でさらに大きな人間模様を展開する点も見逃してはならない。第一部では鉱員たちのだらしない態度をガミガミと怒るヒール的な役回りだった所長(?)が、こちらでは真剣に鉱員と家族のことを案じ、別の経営陣が「我々が現場にいたわけではなし、作業上のミスが原因なら現場の人間の責任だ」と言うのに対して、「たとえ現場のミスであっても、最終的には経営者が全ての責任を負う。我々の役職は、そのためにあるんだ」ときっぱり言い切る姿には感動した。そうかと思えば、労組の人間が、目の前の人命そっちのけで理屈ばかり並べていたりする。左翼として有名なケン・ローチだが、ステレオタイプな教条主義に陥ることなく、最終的には左右の枠など超えた個人の人間性を見つめていることがよく分かる。
だから「どちらか一方だけ見ることも可能な作りになっている」と最初に書いたし、それはそれで事実なのだが、やはり本作は、まず第一部を見て、次に第二部を見てこそ完成する骨太なドラマだ。第二部を見終えた瞬間、あれほどうんざりした第一部を、もう一度頭から見直したくなった。
そしてあらためて思う。ケン・ローチの映画は、1990年代からほとんどの作品が日本公開されている。その意味では幸運な作家だが、レトロスペクティヴのような形で体系的に評価されることがなく、過去作は、劇場はおろか配信やパッケージメディアでも見ることが困難なものがほとんどだ。
ローチはすでに引退を表明し、事実2019年の『家族を想うとき』が最後の監督作となっている。だからこそケン・ローチの作品を体系的に見られるようにし、再評価できるようにしてほしい。彼の映画は、1990年代から2010年代にかけて公開された当時よりも、今の日本にとって必要な映画に思える。
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