標高4,800メートルの地にあるブータン北部の村ルナナ。ブータン民謡が響きわたるこの村で暮らすのは、大自然とともにある日常に幸せを見つけ生きる大人たち。そして親の仕事の手伝いをしながらも、“学ぶこと”に純粋な好奇心を向ける子どもたちだ。人口わずか56人のルナナには、電気も携帯電話もない。『ブータン 山の教室』に登場するのは、実際にルナナで暮らす人々だ。ブータンの新鋭、パオ・チョニン・ドルジ監督は、人々の笑顔あふれる暮らしを圧倒的な映像美で映し出した。グローバル化が進み、世界の景色が単一化するいま、この作品は私たちに“本当の豊さとは何か”を教えてくれる。
現代のブータン。教師のウゲン(シェラップ・ドルジ)は、歌手になりオーストラリアに行くことを密かに夢見ている。だがある日、上司から呼び出され、標高4,800メートルの地に位置するルナナの学校に赴任するよう告げられる。一週間以上かけ、険しい山道を登り村に到着したウゲンは、電気も通っていない村で、現代的な暮らしから完全に切り離されたことを痛感する。学校には、黒板もなければノートもない。そんな状況でも、村の人々は新しい先生となる彼を温かく迎えてくれた。ある子どもは、「先生は未来に触れることができるから、将来は先生になることが夢」と口にする。すぐにでもルナナを離れ、街の空気に触れたいと考えていたウゲンだったが、キラキラと輝く子どもたちの瞳、そして荘厳な自然とともにたくましく生きる姿を見て、少しずつ自分のなかの“変化”を感じるようになる。(公式ウェブサイトより)
<2025年5月5日 劇場鑑賞>
ブータンの新作「お坊さまと鉄砲」公開記念に、和歌山のミニシアターでは関連作をリバイバル上映してくれました。その一つがこの作品です。公開当時、話題になっているのは知っていながらも見る機会を逃し、ここまで来てしまった私は歓喜。早速鑑賞しました。
あらすじは上にある通り。紋切型と言ってしまえばそうなのですが、でもやはり、大画面で見るブータンの雄大さと人々、特に子供たちの純粋さには心洗われました。思うように教育を受けられない田舎町。でも、親は子供たちに教育をつけることを望み、子供たちも「ものを知る」可能性に目を輝かせている。素敵ですね。先生ウゲンはというと、まだ若いし(写真2枚目向かって右側)、音楽をやりたいと思っていて、そのうちオーストラリアに移住する計画を立てている。まかり間違ってもこんな田舎に縁があるはずはなかった、と内心悔しく思っています。「くっそ〜、さっさとこんなところ離れてやる」くらいに思ってました。もちろん、彼は初志貫徹します。結論から言うと、予定通り「さっさと」村を去ってゆきます。村人たちはとてもとても残念がってくれますが、村長は「若い人を無理に引き留めることはできない」と送り出してくれます。多少情が移っていた先生も、そこは夢のほうが大きかったのでしょう。旅立ちます。
<ここからネタバレ>
そしてラストシーン。彼は予定通りオーストラリアにいます。しかし、アジア人がそうそう音楽で身を立てるなんてことができるはずはありません。ごたごたした”雑談喫茶”みたいな場所で、ギターを弾きながら、当たり障りのない流行曲(ビューティフル・サンデーみたいな)を歌うウゲン。彼の歌なんかだ〜れも聞いてません。ふと、彼は歌うのをやめました。すると早速バーテンダーから「こらウゲン!歌えよ。仕事だろ」と怒鳴り声が飛びます。そこで彼は、ルナナの村で聞いていた「ヤク飼いの歌」を歌い始めるのでした。土地の女性ほどうまくは歌えないウゲンですが、みんな静まり返って彼の歌を聴き始めるのでした。
<ネタバレ終わり>
ちょっと感動したラストでした。この「ヤク飼いの歌」が本当に美しい歌なんです。ルナナ村の若い女性(写真4枚目)がいつも歌っていて、ウゲンは彼女ともちょっと仲良くなっていたのでした。美しい歌声を持つ彼女は、いつも丘の上で歌っていて、私は「こういう、時間に追い立てられない生活もいいだろうな」と少しうらやましく思いました。また、村の学校には学級委員長の女の子がいて、彼女は明るく優秀で、いつもはきはきと先生の指示にも従うのですが、先生ウゲンが村を案内してもらっていた時に、飲んだくれて道端で寝ている男がいて、案内人が「うちへ帰れよ」と声をかけるシーンがあって、ウゲンが「誰なんですか」と問うと「学級委員長の父親だ」と言われて先生がとても驚く、というシーンがあったりしました。一見平和そうな村でも、いろいろなことがあるのですね。
子供に教育は不可欠です。未来を背負うのですから。ルナナ村は、今はどうしているのでしょうか。きっと新しい先生が来ているのでしょうね。ウゲンが戻ってるとか?!(笑)
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