mixiユーザー(id:9389954)

2025年09月05日20:37

36 view

引退、「橋幸夫ズ」、復帰、アルツハイマー……、この数年程は話題の多い人だった。

「御三家」橋幸夫さん死去 82歳 一度は引退も…アルツハイマー型認知症と闘い歌い続ける
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=54&from=diary&id=8464010
歌手・橋幸夫、亡くなる、ですか。所属事務所である夢グループが公表したとのことで、曰く、「弊社所属歌手 橋幸夫(本名 橋幸男)が令和7年9月4日 午後11時48分 享年82歳にて逝去致しました。ここに生前のご厚誼を深謝し謹んでお知らせ申し上げます」とか。
橋幸夫と言えば、昭和35年、17歳にして「潮来笠」でデビューしてから今年で65周年、舟木一夫(1944〜)、西郷輝彦(1947〜2022)とともに「御三家」と称され、昭和30年代後半から昭和40年代前半の日本の歌謡界で抜群の人気を集め、「沓掛時次郎」、「中山七里」、「佐久の鯉太郎」や、吉永小百合とのデュエットの「いつでも夢を」、「霧氷」、「恋をするなら」、「ゼッケンNO.1スタートだ」など、多種多様なスタイルの作品でヒットを重ね、日本レコード大賞では新人賞と大賞の両方を獲得、人気と実力を兼ね備え、実績を重ねました。
日本航空の国際線の客室乗務員だった夫人と結婚、一男一女をもうけ、フジテレビのワイドショーの司会を担当したこともありました。また、夫人はエッセイスト等で活躍、夫婦での共著もあり、特に認知症の実母の介護生活を綴った『お母さんは宇宙人』なる著書は当時大きな話題を集め、“時の人”となりました。
その夫人とは金婚式目前の平成29年に離婚(その後再婚)、令和となって78歳となった令和3年に「80歳の誕生日(令和5(2023)年5月3日)」をもって歌手業を引退」とアナウンス、その理由として加齢による声帯の筋肉の衰えを挙げ、「ここ数年、年齢による声やパフォーマンスの衰えを自覚、それを隠したりごまかしたりするのは自分の性格ではできない」と説明、自身の育ての親であり「潮来笠」などの作曲者でもある吉田正(1921〜1998、没後国民栄誉賞を追贈)の生誕100年の特集番組などに出演し精力的に活動していた最中、当時驚きをもって伝えられたものでした。
その翌年には京都芸術大学通信教育部書画コースに入学、さらにその翌年、夢グループの石田重廣社長の発案で“橋幸夫”の名を継承し、自身のディスコグラフィを歌い続ける若い歌手を「二代目橋幸夫を探せ!」の名のもとにオーディションで募集、4人の若手が合格、所謂「橋幸夫ズ」を結成させる(「yH2」のグループ名で活動となったが1人辞退し、3人で活動)、一旦は彼等への継承として歌手業を引退しました。
しかし、昨年、ファンからの活動再開を願う声には抗えず、「引退会見でけじめをつけたつもりだったが、歌を歌うことが使命だったんだと思った」と歌手活動を再開、ステージに復帰しましたが、今年に入って5月、アルツハイマー型認知症の診断を受けたことが公表され、その後、自宅で一過性脳虚血発作を起こして緊急搬送され、一時的に入院する事態となりました。退院後は滋賀県の公演でステージに復帰しましたが、石田重廣社長によると「ほとんど会話ができず、水も飲み込めず、よだれを垂れ流す状況」であったとされ、その翌々日に再入院。
今月の1日、石田重廣社長が直近の病状について「再入院後は認知症の症状が進み、意思の疎通ができず寝たきりの状態となっている」と説明、容態が悪化していることを明らかにしたばかりでしたが、それから1週間経たず、訃報となりました。
京都芸術大学に入学し、80代を目前にしていた2022年(令和4年)に軽度のアルツハイマー型認知症と診断され、翌2023年(令和5年)には右頭頂葉脳梗塞を併発。去年の年末に中程度のアルツハイマー型認知症と診断され、まさか、自身の母親が罹患した認知症になって、そのまま鬼籍に入るとは。京都芸術大学卒業もあと一歩での訃報となりました。合掌。
0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2025年09月>
日 月 火 水 木 金 土
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930