終戦の日である。
あきれたことに世界では戦争が絶えず、日本でも争いは絶えない。
そしてそこに至るまでの経緯や原因を考えることを放棄した人びとは「○○が悪い!」と決めつけ、罰しようとするばかり、それで戦争や争いがなくなるわけはない。
先ごろ買ったCDに「プレミアムベスト ダークダックス」がある。1957年から活躍した日本の男声カルテット で、現代にはない美しい歌唱がそこにはある。
もちろんテープヒスなどのノイズもしっかり聞こえるが、声も楽器の音も鮮やかで、こんなにも見事な録音が当時できていたのか、と感心させられる。
その中の1曲が「母さんの歌」。作詞作曲は窪田聰となっている。「かあさんはよなべをしててぶくろあんでくれた」と有名(なはず)な歌。
その歌詞を全部聞いて昔の日本、昔の農村がどういう場所だったのか、考えさせられた。
「かあさんは あさいとつむぐ いちにちつむぐ おとうはどまでわらうちしごと おまえもがんばれよ」
「かあさんの あかぎれいたい なまみそをすりこむ ねゆきがとけりゃ もうすぐはるだで はたけがまってるよ」
これが日本の農村の普通だったのではなかろうか。漁村でもだが、次男坊以下は家業をつぐことも難しく、町へでて見習いから修行したり、戦前なら「腹いっぱい飯が食えるから」と軍隊に行くこともあっただろう。
貧しい暮らしがよいわけはない。だが、そこから脱出しようとして他者を追い落とそうとしたり、他者を攻撃したりすれば大きな争いの原因にもなる。
逆に富めるものからみれば迷惑ばかりかかけてくる貧乏人は邪魔であり追い出すか叩き潰すべきだと傲慢な考えが出てくる場合もある。
ダークダックスが活躍した時代は大人のほとんどが「戦争を知っていた」が、現代の日本に戦争を知っている人はほとんどいない。外国の戦争を見て「悪者は誰だ」と言っているばかりで「困っている人を助けよう」という人は少ない。
今「母さんの歌」はひとのこころに響かないのかもしれない。
だが、しっかり聞くと涙が出てくるほどの名曲・名演である。
戦争を美化してはならない。人殺しをしてはならない。助けることができるものは困っている者を少しだけたすけてやればいい。
そんなことは子供でも知っているはずだが、大人でもできるものはわずかだ。
「母さん」は自分にできる、わずかなことをしているだけだが、そのこころのあたたかさは本物だ。
私もそういうものでありたい。
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