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2025年07月09日10:43

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松原照子の「世見」(転載)

本日の世見  2025年7月09日(水曜日)

『マリー・アントワネット』

マリー・アントワネット――あなたはどのような女性を思い描きますか?
「華麗なる宮廷に渦巻く愛と革命のドラマ」こんな言葉でマリー・アントワネットを登場させている方もおられます。
小さな狩猟の館でしかなかった場所がヴェルサイユ宮殿に大変身したのは、ルイ十四世の統治時代のことです。
歴史上に於いても、これほどまでに豪華で壮大な宮殿はありません。
三代に亘ってのルイ王朝ですが、ルイ十六世とその妻マリー・アントワネットの悲し過ぎる物語は有名です。

マリー・アントワネットの母、マリア・テレジアは、王家の女性としてはとても恵まれていて、夫のローレル侯爵家のフランツとは相思相愛で、子供が16人も出来ました。
テレジアという女性は、16人もの子供を産みながらも、“皇帝”として40年間もの間オーストリアを統治したのですから、中々の女傑です。
娘のマリー・アントワネットは、1755年11月2日に生まれました。
16人兄弟の9番目で、女の子としては末っ子でした。
活発な女の子だったみたいです。

モーツァルトとの間に、こんな話が伝わっています。
マリー・アントワネット7歳、モーツァルト6歳の時のことです。
モーツァルトが宮廷で演奏している時のこと。
「君をお嫁さんにするのは僕だよね」
「そうよ、あなたよ。他の人じゃ駄目」
この時の話が、その後の二人の人生にどのような影響を与えたかはわかりませんが、マリー・アントワネットが14歳と6ケ月、ルイが15歳と9ケ月の時、二人はパリ郊外のコンピエーニュの森で初めて会ったのです。
フランスの宮廷には、寵姫(公妾)の制度がありましたが、ルイ16世は妻のマリー・アントワネットしか関心を持たない国王でした。

今日は何故か、マリー・アントワネットが心に広がり、こんなことを書いてしまいました。
あ、そうそう、あのクロワッサンてね、政略結婚で輿入れした時、アントワネットと共に輿入れしたパンだったようです。
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