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2025年04月23日09:22

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松原照子の「世見」(転載)

本日の世見  2025年4月23日(水曜日)

『超能力者』

昭和時代と言えば、映画全盛期でした。 
夏になると、必ずどこかの映画会社が「怪談」を取り上げていましたからね。
子供心にとても怖くて、手で顔を覆い、怖い物見たさもあって、指の間から見たのを思い出します。
この怪談話といえば、『累ケ淵(かさねがふち)』と『四谷怪談』と『牡丹灯籠』‥‥まだありますよ。『耳なし芳一』に『番町皿屋敷』、これらを「日本五大怪談」と言うようです。

この五大怪談の中の『累ケ淵』、実は下総国の羽生村、今の千葉県で実際に起こった陰惨で奇怪な事件が元になっているというのですから、興味を抱いた方もおられるかもしれませんね。
この『累ケ淵』のお話しというのが、農民の与右衛門が、妻の連れ子の娘・助(すけ)のあまりにも醜い容姿に、見るのも嫌になり、殺してしまったことから始まるのです。
与右衛門と妻との間に生まれて来た「累」が助にそっくりだった為に、与右衛門は娘「累」も殺してしまうのです。
この後60年間にも及ぶ因縁譚なのが「累ケ淵」。奇怪なことが次々に起こったと言うのです。

いつの時代でも、不思議としか思えない出来事は起きているようですが、平安時代には三人の超能力者がいたと言います。
「大陰陽師・安倍晴明」「元三大師良源」「浄蔵貴所」
この三名、平安中期の同時代に生きた人達です。

あなたは京都の晴明神社にお出掛けになられたことはありますか?
あの晴明神社は安倍晴明の邸宅跡なのですよ。
又、その近くにある一条戻橋は、晴明の使役の式神が住んでいると言われています。
漢学者の三善清行が亡くなり、この橋を葬列が通っていました。
息子が父の棺にすがり泣き悲しんでいたその時、突如雷鳴が轟き渡り、父が生き返ったのがこの橋で、それ以来、戻橋と言われるようになったといいます。
この息子とは浄蔵貴所のことです。
浄蔵貴所は中々の能力者だったようです。


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