mixiユーザー(id:7170387)

2024年12月27日05:45

310 view

日本の軍隊の見本は

明治時代の日本にとっての第二帝国時代のフランスはヨーロッパ大陸では最大の陸軍国であったので当然で、日本国としては見本としました。ところが、西暦1870年の明治3年にプロシア王国を中心とするドイツ諸国連合軍にフランスは敗れてしまいました。

「普仏戦争」です。フランスはゲルマン民族の集団に敗れたのです。843年にフランク王国が3分割されて以来、実に初めての出来事でした。何百年もの間にフランスの軍隊が何度もドイツ諸国に攻めこまれていたのですが、初めてフランスに勝ったドイツはプロシア国王を皇帝にドイツ帝国を結成するのです(1871年1月18日)。

以後、日本政府は見本を新ドイツ帝国に切り換えます。陸軍は、医学・哲学・音楽・工学の留学生は国費でドイツ式になって行くのです。海軍の見本は7つの海を支配する海賊イギリスですが(笑)

日本人の心理の中でドイツは拡大して行き、フランスは収縮して行くように見えるのです。ところが、「陸軍兵制はフランス式とする」と法律で決められたのが1870年の明治3年の普仏戦争中でナポレオン3世が捕虜になった1ヶ月後です。

プロシアの兵制も18世紀までに、フランス王国の制度に学んでいます。そのプロシアの軍人が18世紀半ば、ロシア帝国に軍隊の組織を教えたのです。今日に至るロシアの兵語の6割以上がフランス語そのままかフランス語の語尾をロシア語化したものなのです。

ドイツ語がないという事はドイツの兵語もフランス語が基礎だという事です。陸軍大尉キャピテーヌは英語のキャプテンを英語の元はフランス語だから当たり前みたいですが、中尉リュートナン(代官の意味)が英語リューテナント(軍隊用語)になったのを見れば導入は近世です。

ドイツ軍の中尉がロイトナントなのもフランス語をそのまま、出たら目に読んだだけでヨーロッパの近世兵制の元はフランス王国なのです。しかし、明治以降の日本人が手本とした西洋は、近代としての西洋でした。

西洋における古代、中世、近世と比べての近代とは、マルクス式の発展段階説などの教説から国民国家、世俗性、民主主義、個人尊重となります。時代と社会状況によって、一部の面が過剰に要求されたり、実現したりします。

国民国家が超国家主義になると個人尊重と衝突します。超国家主義が破綻した場合、個人尊重が突出します。世俗性は教会の重圧から自由になることから始まり、場合によっては宗教否定をします。民主主義も君主拒否に行く例もあるのです。

本家ホームページへ
Home | taku (taku-nakajo.wixsite.com)

石原莞爾平和思想研究会 https://www.ishiwara-kanji.com/

仲條拓躬 - YouTube
@taku-nakajoチャンネル
チャンネル登録お願い致します。

仲條 拓躬 (@takunakajo) | TikTok
フォローお願い致します。

(3) 仲條 拓躬 (タク)(@takuminakajo)さん / X (twitter.com)
フォローお願い致します。

仲條 拓躬(@takuminakajo) • Instagram写真と動画

(20+) 仲條 拓躬 | Facebook
(20+) Facebook

[mixi] 石原莞爾平和思想研究会

Home | taku (taku-nakajo.wixsite.com)

スレッズ
https://www.threads.net/login


石原莞爾平和思想研究会HP

12 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2024年12月>
日 月 火 水 木 金 土
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    

最近の日記

もっと見る