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2024年12月16日05:33

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中国でロックを広めた男

2002年8月、ファンキー末吉率いる「X.Y.Z.→A」の北京ライブが行われました。日中国交正常化30周年記念行事の一環として、「ロックで日中友好!」をスローガンに企画されたものです。会場の王府井大飯店には700人を超える観客が集まったそうです。

ハードロックのリズムに合わせてオールスタンディングで拳を振り上げる中国人を見て、「時代は変わった」と末吉氏は思ったといいます。初めて北京でやった時には1990年頃なのでコンサート中に客が立ち上がったら逮捕される時代です。

その2年後に爆風スランプが北京でコンサートを開いたときも、1曲目が終わった直後に公安から中止命令をくらったそうです。静止を聞かず演奏を続けると、音量は全て落とされ、中国人スタッフは公安にボコボコに殴られ、最後には別室に軟禁された。すべては体育館に集まった1万2000人の群集を前での出来事だったそうです。

末吉氏といえば「Runner」や「リゾ・ラバ」などのヒット曲でNHK紅白歌合戦にも出場した「爆風スランプ」リーダー。彼が1990年に北京のとあるレストランで、のちに中国を代表するロックバンドとなる「黒豹」のライブを初めて耳にしたとき、脳天を棍棒で殴られたようなショックを受けたという。中国では精神汚染音楽とされるロック。

「本物」のロックに触れた瞬間だった。以後「オレも中国人になる!」と宣言し、中国に狂ってゆくのです。「崔健」「唐朝」「BEYOND」など、多くの中華圏ミュージシャンと交流し、1997年に李彗珍をプロデュース。同年、中国のグラミー賞と呼ばれる「十大金曲作曲賞」を受賞。アジア諸国に「亜州鼓王」(アジアドラムキング)の名前が知れ渡る。翌年に爆風スランプが活動休止した後、末吉氏が最も力を入れるバンドが「X.Y.Z.→A」。

アジア人として初めてアメリカで成功したバンド「ラウドネス」ボーカル二井原実と手を組み、世界市場をめざした活動を展開。現在、末吉氏は北京をベースに中国、香港、タイ、そして日本でライブ、曲のアレンジ、新人のプロデュースなどボーターレスな活動を繰り広げ、自らを「和橋」と呼んでいます。

「もともと日本に住みたくないというのが夢だから、香港でもいいしアメリカでもいいし、もっともっといろんなところで生活したいな」。和橋ミュージシャン・ファンキー末吉の活躍の場はさらに広がりそうです。

ちなみに爆風スランプのスキンヘッドのサンプラザ中野は私の近所の東葛高校を卒業していて、今年の千葉県東葛飾地区の高等学校研修会の発表校のトップバッターが私で東葛高校も発表校でした。東葛高校のPTA会長とは名刺交換して一緒にお酒の席でも一緒でした。ちなみに中野ZEROの表彰式に出席した所、最後のサンプラザ中野の姿を見ることができました。

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