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2024年12月14日10:35

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もたらされた結果は悲惨でも、この子たちはそんなに悪くない。埼玉栄の事故について。★

■埼玉栄高校グラウンドで生徒が無免許運転し横転…男子生徒死亡事故 生徒のタブレットから過去にも生徒が車運転する動画見つかる 運転は常態化か
(TBS NEWS DIG - 12月13日 17:33)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=266&from=diary&id=8131676

法律違反というと、ヤンキーを想像する。それは、あながち間違っていないのだろうが、ヤンキー的な青年にもいろいろある。心底優しいヤツもいる。

むしろ、わが身を振り返り、十代のころ一切の脱法行為をしなかった…という人は稀ではないか。私も飲酒や喫煙はした。それは、他人を傷つける行為ではなかったが、校の生徒たちはどうだろうか。

この生徒たちは、他人を轢いたり、他人の車の通行を妨害したりしたわけではない。深夜のグランドという安全地帯に、施錠してない車があったら、乗ってみたくなるのはあの年の少年にとって当然のことであろう。公道ではないから免許はいらないと考えたのかもしれない(実際は、そう簡単に割り切れるものではないようだ)

だから、非は、少年にももちろんあるが、学校の非も大きなものがあるだろう。

少し話が変わるようだけれども、
この間、青空文庫にアクセスしたら、坂口安吾の『青春論』がありました。

【
去年の正月近い頃、渋谷で省線を降りて、バスに乗った。バスは大変な満員で、僕ですら喘あえぐような始末であったが、僕の隣りに学習院の制服を着用した十歳ぐらいの小学生男子が立っていた。僕の前の席が空いたので、隣りの少年にかけたまえとすすめたら、少年はお辞儀をしただけで、かけようとしなかった。又、席があいたが同じことで少年は満員の人ごみにもまれながら、自分の前の空席に目をくれようともしなかったのである。
 僕はこの少年の躾しつけの良さにことごとく感服した。この少年が信条を守っての毅然たる態度はただ見事で、宮本武蔵と並べてもヒケをとらない。学習院の子供達がみんなこうではあるまいけれども、すくなくとも育ちの良さというものを痛感したのである。
 このような躾けの良さは、必ずしも生家の栄誉や富に関係はなかろうけれども、然しながら、生家の栄誉とか、富に対する誇りとか、顧みて怖れ怯おびゆるものを持たぬ背景があるとき、凡人といえども自らかかる毅然たる態度を維持することが出来易いと僕は思う。
 とはいえ、栄誉ある家門を背景にした子供達が往々生れ乍ながらにしてかかる躾けの良さを身につけているにしても、栄誉ある人々の大人の世界も子供の世界もおしなべて決して常に此の如きものではない。のみならず、大人の世界に於ける貴族的性格というものは、その悠々たる態度とか毅然たる外見のみで、外見と精神に何の脈絡なく、真の貴族的精神というものは、又、自ら、別個のところにあるのである。躾けよき人々は、ただ他人との一応の接触に於て、礼儀を知っているけれども、実際の利害関係が起った場合に、自己を犠牲にすることが出来るか。甘んじて人に席を譲るか。むしろ他人を傷つけて自らは何の悔いもない底の性格をつくり易いと言い得るであろう。
 蓋し、大人の世界に於て、犠牲とか互譲とかいたわりとか、そういうものが礼儀でなしに生活として育っているのは淪落の世界なのである。淪落の世界に於ては、人々は他人を傷けることの罪悪を知り、人の窮迫にあわれみと同情を持ち、口頭ではなく実際の救い方を知っており、又、行う。又、彼等は人の信頼を裏切らず、常に仁義というものによって自らの行動を律しようとするのである。
 とはいえ、彼等の仁義正しいのは主として彼等同志の世界に於てだけだ。一足彼等の世界をでると、つまり淪落の世界に属さぬ人々に接触すると、彼等は必ずしも仁義を守らぬ。なぜなら淪落の人々は概おおむね性格破産者的傾向があるし、又いくらかずつ悪党で、いわば自分自身を守るために、同僚を守ったり、彼等の秩序を守ったりするけれども、外部に対してまで秩序を守る必要を認めないからでもあるし、大体が彼等の秩序と一般家庭の秩序とは違っているから、別に他意がなくとも食い違うことが出来てしまう。
 乞食を三日すると忘れられない、と言うけれども、淪落の世界も、もし独立不羈ふきの魂を殺すことが出来るなら、これぐらい住み易く沈淪し易いところもない。いわば、着物もいらず住宅もいらず、野生の食物にも事欠かぬ南の島のようなものだ。だから僕は淪落の世界を激しく呪い、激しく憎む。不羈独立の魂を失ったら、僕などはただ肉体の屑にすぎない。だから僕の魂は決してここに住むことを欲しないにも拘らず、どうして僕の魂は、又、この世界に憩いを感じ、ふるさとを感じるのであろうか。
】

行いといっても、さまざま。
たとえば、サラ金の債権回収業ややくざの子分であっても、仁義を守る者はいる。また、内向きの仁義と、天下国家に対する仁義は違う。
中には高位高官でも、おのれの利益のために売国的な行動をとるやつもいる…

そんなことを考えさせられました。
これは、不良少年を扱うときのキーポイントの一つです。

また、安吾を読み返そうと思います。

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