俯瞰力を発揮することで、人間の知性の限界を超えた事例があります。近代看護の生みの親ともいわれるナイチンゲールは、実は統計学の専門家でもあり、英国王立統計協会の史上初の女性会員に選ばれるほどの実力を持っていました。
彼女が統計学の知識を活用したのは、もちろん医療の世界です。ナイチンゲールは、看護師団長としてクリミア戦争に派遣されたとき、英国軍の負傷者や戦死者についての膨大なデータを収集し、統計学を駆使して分析しました。
その結果、戦争による直接の死者よりも病院の劣悪な衛生環境による死者の方が圧倒的に多いことを突き止めたのです。例えば、当時は包帯を使い回すことが当たり前のように行われていましたが、新しい包帯を使った患者と使用済みの包帯を使い回した患者では、その後の死亡率が明らかに異なることが分かりました。
このことから新しい清潔な包帯を使うことによって、患者の死亡率を下げることができたのです。さらには病院のトイレ掃除や衣服の洗濯も含め、あらゆる衛生環境の改善に努めた結果、40% 超だった死亡率を5%まで下げることに成功しました。
ナイチンゲールの時代には、身の回りや医療器具を清潔に保つとなぜ死亡率が下がるのか、その原理は分かっていませんでした。現代でこそ、不潔な環境には目に見えない病原体がまん延していることは常識として知られています。
そういうことが分かっていなかった時代に、患者のデータだけから正しい道筋に至ることができたのは、彼女が統計学者だったからに他なりません。統計学を駆使することで、たとえ事象の背後にある真のメカニズムが分からなかったとしても、実用に耐える仮説を作ることができるのです。
現代における統計学の応用例として、新薬の検証で見ることが出来ます。新薬の開発には長い時間がかかり、費用は数百億円にも上ると言われます。それだけ莫大な時間と資金を使う上に、人体に使用するものですから、本当に効き目があるかどうかの検証は慎重に行わなければなりません。そのために採用されているのが「ランダム化比較試験」です。
この試験では、患者をランダムに2つのグループに分け、一方には新薬を、もう一方には全く同じ見た目の偽薬を処方します。ちなみに偽薬としては、無害な物質であるブドウ糖などが使われることが多いようです。
なぜ一方のグループに偽薬を処方するかというと、有効成分が入っていないにもかかわらず、薬だと信じ込むことで本当に症状が改善する場合があるからです。これは「プラセボ効果」と呼ばれていて、一部の患者に発生することが知られています。
薬は大なり小なり副作用を伴いますから、プラセボ効果と同程度にしか症状が改善しないのであれば、わざわざ新薬を処方する必要はありません。そこで、偽薬を処方されたグループと本物の新薬を処方されたグループの経過を比較することで、新薬の効果を確かめるのです。
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