新宿を歩いていたら、工事中のミロードを通りました。
代々木に住んでいた亡父は、自分のうちが新築されたかのように喜んでいました。
だが、そのミロードも建て替えです。
ビルは、せいぜいが三十年程度しか持たないのですね。
ビルが崩れるように、人が移り変わります。
いいことは、年々、子どもに対するおもんばかりが薄らぐことでしょう。心配しなくても、一人で生きていけるということです。
母は、孫たちとあの世でもつながっているから…というようなことを言います。
そうかもしれません。それで安心立命の境地に至るなら、結構ですが…
だが、結婚のような偶然を考えるとそうとも言えないと思います。
結婚も、偶然なら、子どもももっと偶然です。
よく「親ガチャ」と言います。よくわかります。この言葉は、いわゆるアタリハズレを言っているのですが、必ずしも、成績がいいなどのアタリハズレでなくても、どういう子が生まれるかは、ばくちです。
また、あの世でこの世の近しい人間とつながっていたとしても、
それを覚えていないでしょう。たとえば、前世の親兄弟を我々は覚えていません、だから、生まれ変わりなどは、たとえあっても、ないのと同じです。
さあ、母のことはおいて、自分はどこに行くのでしょうか。。
今日の某予備校の話
…ガザ大虐殺を支持している創価学会は、仏教ではなく悪魔教だ。それを仏教の一派と考えているのは、日本人のおバカがわかるというものだ。
しかし、ヨーロッパ人も相当なおバカだ。「神の声が聞こえた」とか平然と書くマルセルを読め。「また、爺さんの発作が始まった」と考えるのが、正常な感覚だ。レッテル張りと、無責任は、ヨーロッパ人から日本人に伝染したものの一つだ。
さあ、目を覚まそう。来世いなんてどこにもない。天国や地獄もどこにもない。
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