本日の世見 2024年8月02日(金曜日)
『神様の存在』
人の世は、時折“偶然”という答を出せないことが起きます。
1950年、アメリカ・ネブラスカ州のベアトリスにある教会で、神様がいたとしか思えない出来事が起きました。
この教会が、突然大爆発を起こして全壊してしまったのです。
この日は聖歌隊員15名の聖歌練習日。合唱練習は午後7時半から始まります。
いつもなら全員が時刻通りに集まっているのですが、この日に限って誰一人として練習時間にやって来ませんでした。
勿論、今まで誰一人として遅刻をしたことはなく、それよりもこの日に限り、誰もが大した理由でもなく遅刻していただけなのです。
3月1日午後7時25分、教会はガス漏れが原因で大爆発しました。
まさに集合時間に起きたのです。
過去、聖歌隊員は誰一人として一度も遅刻もなかったというのに、この日だけは全員が遅刻をしたのですから、神様の仕業としか思えません。
あなたもこんな体験はありませんか。
気になった人と理由なく街で出会ったり、電話が掛かって来たりと、偶然にしてはタイミングがよすぎる出来事が起きることってありませんか。
「テレパシー」は存在すると思っているのです。
私達人間には、AIを登場させても解明出来ない世界が存在しているのです。
「胸騒ぎ」もそのひとつで、随分と前にこんなお話を聞きました。
日本が戦争をしていた頃のお話です。
戦地で戦っている最中、耳元で自分の名を呼ぶ母の声に、顔を声のする方向に向けた時、もう一方の耳元スレスレに敵の銃弾が、それも静かにゆっくりと通り過ぎたというのです。
この方は無事に戦地から母の元に帰還して、我が身に起きたことを母に話しました。
すると、お母様は、胸騒ぎがして戦地にいる我が子の名を呼び続けたと、泣きながら話したと言うのです。
「偶然」だとは思えません。
私達には底知れぬ力があるのです。
ただ、現代人は時の過ごし方が昔の人と違います。
自分との語らいの内容が変化しているのが、とても大事なものを弱らせている気がします。
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