東京に着いた繆斌は、第一に緒方国務相に会いました。このとき繆斌が緒方国務相に語ったことは、「私は上海で過日、山県さん(注・山県初男、小磯首相と陸軍士官学校の同期生)に会ったとき小磯総理は真剣に中日全面和平について考えていると聞かされた。ご承知の通り戦局は日に日に進展しているので、至急小磯総理に会い、かねて懸案の中日全面和平問題解決を促進したいと思った。
渡日の方法について山県さんと相談した。山県さんがこの私の要望を日本に帰って小磯総理に伝えたものと思うが、南京総軍は、ついに私に飛行機の座席は許可したが、私が同行を予定していた無電の技師には座席が許されず、やむなく私一人上京せねばならなかった。
無電の技師を連れて来たかったのは、日本政府との話し合いいかんでは、東京から直接、重慶と無電交信し、東京・重慶の直接折衝に移したかったからである。もとより南京総軍は私を信用していないし、私はより以上に南京総軍を信用していないので、私の要求は冷淡に総軍から一蹴された。渡日については、蔣委員長の諒解をえている。
中日全面和平の実現については、日本政府との折衝の期限について、蔣委員長から内命を受けている。中日全面和平はもとより日米和平の前提として考えている。これによって中日両国が戦争の徹底的荒廃から救われ、東亜の保全を維持しうるのみならず、世界克復に資することができる。小磯総理と話を進めたい」ということであった。
その翌日、繆斌は麻布の東久邇宮邸を訪ね稔彦王殿下に会っています。これは東久邇宮殿下がかねてから蒋介石との和平工作を望んでいることを知っていたからです。さらに東久邇宮殿下は当時最も天皇に近い方であるので、自分の考えを天皇に伝えていただきたいという希望もありました。
このとき、東久邇宮殿下は、繆斌に「重慶では日本の天皇を認めるか」「何の理由で日本と和平するのか」「なぜ自分(宮殿下)に面会を望むのか」などについて質問されましたが、繆斌の発言は大体次のようなものでした。
「中国は日本の敗戦、滅亡を望んでいない。日本の健在は中国のために必要である。東洋から日本の勢力を抹殺されることになれば、ソ連が中国に進出してくる。日本は中国の防波堤である。日本の戦局は容易ならぬものがある。
米国の次期作戦は必ず琉球への上陸である。日本を孤立させ、艦砲射撃と空襲で日本本土を徹底的に叩いた後で、最後に日本本土に上陸作戦を敢行するであろう。米国は中国大陸には作戦しない。ソ連は米国の対日攻撃が決定的局面を展開した場合、必ず満州に進入して来る。日本は敗戦の前に米国と和平してもらいたい」
このような内容で、次のような中日全面和平実行案を提示したのです。繆斌はこの案は蒋介石委員長の内意も受けているものであると言いました。それによると
一、南京政府を解消して日本の誠意を示すこと。
二、南京政府の解消と同時に、重慶側の承認するような引継機関としての留守府を開設すること。
三、日本政府は、この引継機関としての留守府が成立すると、この政権を通じて重慶政府と停戦・撤兵について交渉を開始すること。
などでした。東久邇宮殿下はこの提案に共鳴して、ぜひ日中和平を実現したいと大いに乗り気になられ、小磯総理とともに尽力されたのであったのですが、残念なことに杉山陸相、米内海相、重光外相、木戸内大臣等の反対で、この繆斌工作は失敗に終わったのです。
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