■娘に誓約書「私は奴隷です」“瑠奈ファースト”のいびつな家族関係 呼び方も父親を「ドライバーさん」母親を「彼女」 ススキノ頭部切断事件
(TBS NEWS DIG - 06月04日 18:33)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=266&from=diary&id=7888207
昔は、生徒を見切ることができませんでした。見切るというのは、見捨てることです。だから、どうしようもなく心を病んでいる人を助けようとしましたが、
途中から、全く無駄だ、それどころか、本人にとって逆効果だから決してやってはいけないと気が付きました。
普通の人は、「自分を助けてほしい、慰めてほしい…」というと、
美食やお金、賞賛などを求めます。
ところが、本当におかしな奴は、自分に対して最もよくしてくれた人の破滅を願うのです。
よくわかりませんが、親との関係に似ているかもしれません。
親が大変な犠牲を払って自分によくしてくれたら、うれしい。余裕をもってしてくれたことよりも、学費を払うにしても、親があり余る貯金のごく一部を使うよりも、借金をして、その返済のために病気になってくれた方がうれしいと。
しかも、その気持ちはエスカレートします。
まるで、競馬で負け続けた人が、雪だるま式に掛け金を増やすように。
だから、かかわっても無駄です。
こちらが傷つくのは、特に、教育者の場合は仕方がないかもしれません。でも、教育者が傷ついて、生徒が治るならともかく、ひどくなるわけです。どうにもなりません。
だから、「この人はいっちゃっているな」と思ったら、その内容を、たとえば、担当職員や学生部などに、オープンにします。そして、極力かかわらないようにします。何しろ、その子は救済者を攻撃するのですから。
いろいろなケースを見聞きしました。
もちろんケースバイケースですが、この父親のように精神科医が父親だと失敗するケースが目立ちます。専門家ですから、そういうことはなさそうですが、驚きです。
そういえば、裁判官の子、牧師の子どもはグレると言います。
恐らく、この三者は、子どもがおかしくなった初期の段階で、本音ではなく一般論を語るからではないでしょうか。
そんなことを思いました。
娘が女王様になったら、制圧あるのみでしょう。
なぜ、制圧できなかったのか。その心の闇を知りたいです。
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