「mixi日記は黒歴史」なのか? ユーザーの人生刻んだ20年史「SNSの蓄積は、人生そのもの」
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いろいろ挙げます。
1 文章の鍛錬になったこと。
わかりやすい文とは、何か。これが分かるようになりました。面白いものです。文が分かりやすいかどうかは、勉強とは無関係です。
出来る人でも、悪文を書いて、自分の言いたいことが表現できた気がしたという成功体験があったり、他人からわかりにくいと言われて委縮した体験があった場合、悪文を書く場合があります。
私は、未だに全く自信がありませんが、毎日書いていると、さすがに進歩はあります。
たとえば、ほんの一端に過ぎませんが、わかっているところは飛ばす という現象があります。
数学ができる人が書いた計算のようなものです。
2X=2
だったら、2X÷2=2÷2などといちいち書きません。
自分のことについて日記を書く場合、さすがによく知っていることですから、省略します。後で読み直して「ここは書かないと通じないな〜」などと、学ぶことが多かったです。
いろいろな面で、大変役に立ちました。
また、文の魅力の生成原理についても学びました。
マイミクさんで、ある話題に対して、ほぼ同じ内容を書く方がいます。
しかし、面白いです。「またかよ〜」という感情は起きません。
2 人間性というものの再認識に寄与したということ
人間が集まると、どうしても党派性ができます。
ハッキリしているのは、政治です。自民党支持か不支持かは、かなり明確に決まっています。今年は支持、去年は不支持などと言う人は少ないです。いたとしたらノンポリティカルな人です。
その党派を優先する人と、道理を優先する人がいます。
反自民の人がいたとして、自民支持者の正しい言い分を感情的にならずに聞けるか…という問題があります。
いい例が、刑事事件。
やまゆり園事件の植松も、京アニの青葉も、心神喪失であったら無罪です。そして、精神科医でない多くは、その判断ができないと思います。それなのに「死刑だ」と。
民主主義の限界です。フランスは死刑賛成八割の世論をインテリがひっくり返しました。しかし、今の日本で、「植松をどうするか」というアンケートを取ったら、市中引き回しの上、ハリツケ などのようなものが上位に来るでしょう。インテリの責務を考えさせられます。
3 いい出会いがあったこと。
出会って構築する対人関係は、飲みに行くなどに限らないのですね。
嫌なこともありましたが、勉強になったことが大きいです。
これからも続けます。
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