昭和12年七夕の盧溝橋事件は、蒋介石にとって驚く出来事が起こりました。まさか、日中の全面戦争に発展するとは思っても見なかったことです。日中戦争への拡大は、当時の日本政府も、蒋介石も、望んでいなかったのです。
日本も不拡大方針を決め、和平交渉の道を模索していたのです。蒋介石は、共産党を倒して国内を安定させるのが、原則方針だったので、対日戦争は避けたかったのです。当時の中国軍は約5百万人、蒋介石の直系軍は2百万人で、数では日本軍の7倍です。
だが、それでも正面から対決できる力量ではなかったのです。日本軍で訓練を受けた軍人蒋介石は誰よりもそれを知っていて、実際、戦争突入後、蒋介石の国民党軍の弱さは嫌というほど証明されています。
共産党や、張学良らの軍閥が裏工作しているので、蒋介石が先に日本軍と戦うことは、共産党が息を吹き返す恐れがあるのです。延安で辛うじて生き延びていた共産党にとって、「抗日」は唯一の活路でした。
共産党がそう言わないと、まず自分たちが蒋介石率いる国民党の餌食になってしまうからです。共産党を先に討滅しては蒋介石の絶対的権力が固まることを恐れていたのです。そこで共産党は蒋介石を抗日に追いつめたのです。
この時、七夕がターニングポイントで、現在の日本国と中国の運命を変えた出来事と言っても過言ではありません。この七夕の出来事では、様々なドラマがあったのです。七夕に位置づけられた共産党軍は天下の戦局を握るキャスティングボード的な存在だったのです。
この時の共産党軍はたいしたことはなかったのですが、この瞬間では、日本軍、国民党などの大物を手玉にとっていたのです。歴史には、しばしばこのような運命的なシチュエーションが訪れて、実力以上にさせる瞬間があるのです。
あらゆる時の中で、運命はいかにも奇妙な気まぐれから、行き当たりばったり、いかにも平凡な人間に身をまかせる事が往々にしてあります。そしてこれは世界歴史のもっとも驚くべき瞬間でありますが、重大な運命を左右する糸が、一瞬だけ手に握られたのです。共産党がその機会をつかんでしまい、同時に共産党自身をも高めてしまったのです。
文明9年の七夕の歌合せで日野富子が詠った歌です。
「偽りの ある世ならずは ひとかたに たのみやせまし 人のことのは」
偽りが全くない世の中であれば、これほど人の言葉を頼みにするまでもないでしょう。
裏切りや偽りの多い世の中だからこそ、人の言葉を信じることを大切にしたいのです。
☆ ☆
彡 ミ ☆
彡\/ []彡
ミヽII/彡 § ☆
彡[]\II 彡 §
ミヽ彡☆. / ミ/ 彡
彡ヽII 彡[] ☆
ミ☆ 彡./ .彡
ミ\IIミ彡[] ☆
II
II ・・・七夕
II
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
本家ホームページへ
Home | taku (taku-nakajo.wixsite.com)
石原莞爾平和思想研究会
https://www.ishiwara-kanji.com/
仲條拓躬 - YouTube
@taku-nakajoチャンネル
チャンネル登録お願い致します。
仲條 拓躬 (@takunakajo) | TikTok
フォローお願い致します。
(3) 仲條 拓躬 (タク)(@takuminakajo)さん / X (twitter.com)
フォローお願い致します。
仲條 拓躬(@takuminakajo) • Instagram写真と動画
(20+) 仲條 拓躬 | Facebook
(20+) Facebook
[mixi] 石原莞爾平和思想研究会
Home | taku (taku-nakajo.wixsite.com)
スレッズ
https://www.threads.net/login
石原莞爾平和思想研究会HP
お誕生日のメッセージありがとうございます。
すべてのサイトの2000通を超えるメール返信に忙殺されておりましてお返事が遅れて申し訳ございません。感謝しております。
ログインしてコメントを確認・投稿する