ふと、夜に、何かを抱いて寝たい…と思いました。
娘ではありません。
女性でもありません。
(女性であってもいいですが、性的なニュアンスがない感情です。相手の思惑もあり、現実には難しいでしょうね。)
じゃあ何か…というと、猫です。猫を抱いて寝たいと思いました。
なぜか…というと、猫には忖度がないからです。
✕「義理もあるから、ご主人さまの布団に入ってやるか…」
というのは、まず、ないでしょう。
〇「アイツの布団、温かそうだから、入ろう。屁こくなよな。」
でしょう。
それでは、世の中が成り立たなくなる…
という論点は、当然、あります。
だが、この、猫のような行動原理が最も上質で純粋なのではないでしょうか。
看護の教科書に、「寄り添う」という言葉が頻繁に出てきます。
これは、聞いただけで、インチキだとわかる言葉です。
真面目な子は、「本当に寄り添うのだ」と最初は思います。
それは、無理。時間的にもそうですし、精神的にも。
ぼくはとりあえず、大学生にコミュニケーション理論を教える際は、内包された作者という概念で説明します。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%A9%E8%AA%9E%E8%AB%96
ごく簡単に言うと
江戸川乱歩は、「大乱歩」と称される親分肌の人でした。
ところが『孤島の鬼』の語り手、箕浦青年は、年上の男性にホモセクシャル的な愛情を抱かれる優男です。
この箕浦青年は内包された作者ですが、
その人格が寄り添う…ということです。
(厳密には、物語の語り手と内包された作者もまた、分ける必要があります。しかし、この件ではほとんど関係がないので省略します)
京アニ事件の青葉は、近畿大学の看護師に良くしてもらい、「今までの人生で、他人にこんなにやさしくしてもらったことはなかった」と語ったそうです。
下着泥棒の前科まで持つ青葉を、若い看護師が好きになるはずがありません。
しかし、看護師として病人に語り掛ける内包された作者としての人格なら、好きになるかもしれません。
それならば、患者と距離を取れると思います。
それでもまだまやかしなら、真実は猫にしかないですね。
いつもソッポを向いているような猫が、熱狂的な人気を持っているのは、そうした理由があるでしょう。
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