1984年4月20日号の「週刊朝日」の記事を見ました。そこには「ついに在日肉親が語り始めた北朝鮮帰国者10万人の『絶望』」という見出しで特集記事が組まれています。ちなみに、朝日新聞社は親北朝鮮派のマスコミと世間では噂されています。
記事は、昭和46年から始まった「在日本朝鮮人総合連合会(総連)」の祖国訪問団が肉親の異様な実態を見ることになります。訪問団は約1万8千人と推定され、その見聞が広がり、「帰国者の惨めな状態は在日朝鮮人社会では常識」となりました。
詳細が部外者に漏らされることはなく、漏れたときには、「反共宣伝」とか「韓国が流したデマ」で片付けられてきました。だが、出版された「凍土の共和国」(亜紀書房)副題で「北朝鮮幻滅紀行」が祖国訪問団に参加した人物の体験がまとめたものが出版され真実が明るみになりました。
「週間朝日」の記者に話した在日同胞の人たちは、「絶対に匿名。身元がわかるような表現は絶対にしない。しゃべったことが知れたら、向こうにいる息子は銃殺にされます。そのことを肝に銘じておいて下さい」といいながら取材に応じ、北朝鮮に帰国した在日同胞の悲惨な状況を告白したといいます。
北朝鮮への祖国訪問団に付きまとう監視者、肉親とも自由に話せない面会。祖国に希望を抱き、新知識を持って帰国した多くの人たちの不遇と処刑など、その記事は、現実とほとんど違いがなく、ほぼ正確に北朝鮮帰国在日同胞の悲惨な状況を描いていると言います。
今では誰でも承知している事実ですが、当時の朝鮮総連は絶対隠しておきたかった事実だったのです。朝鮮総連は北朝鮮を「地上の楽園」と持ち上げていたので、封印しなければならなかったのです。そのため記事が真実であることを隠す必要から、「週間朝日」に「記事の間違い」を認めさせるため大衆を動員して連日連夜抗議を行ったのです。
週刊朝日に執筆していた担当者と記者は、「事実だと思いますよ。ただ証明しろといわれると難しい。誰も正面切って証言する人はいないですから」と答え、週刊朝日は屈せず、次号で「在日肉親が北朝鮮帰国者送る『愛国日本円』の効力」との特集記事で、北朝鮮に帰国した在日の窮状を見かねて日本の肉親が巨額の送金をしている事実を報じたのです。
そして編集長が、編集メモで「1つの民族を語ることは、容易なことではない。ましてや日本人にとって朝鮮は、あまりに重い。いうまでもなく、過去、日本は朝鮮に対して一方的な加害者であった。加害者でありながら相手の痛みを忘れがちになり、そのことが、決して痛みを忘れられない被害者との間に、意識のギャップを生む。朝鮮を語るむずかしさは、そこにある。しかし、私たちは目の前に起きている事態を座視するわけにはいかない。」と付け加えられていました。
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