・ワーグナー:舞台神聖祝典劇『パルジファル』
出演:アンドレアス・シャガー(パルジファル)、ゲエルク・ツェッペンフェルト(グルネマンツ)、エリナ・ガランチャ(クンドリ)、デレク・ウェルト(アンフォルタス)、ヨルダン・シャナハン(クリンゾル)、トビアス・ケーラー(ティトレル)ほか
パブロ・ヘラス=カサド指揮、バイロイト祝祭管弦楽団
エーベルハルト・フリードリヒ合唱指揮、バイロイト音楽祭合唱団
2023年7月25日、ジェイ・シャイブ演出によるバイロイト祝祭劇場でのライヴ映像
NHK・BSプレミアムで録画していた映像をやっと観ました。昨年は『神々の黄昏』だったのですが、これがとんでもなく醜悪な幕切れで、ワーグナーの「聖地」でこんなのあり?とショックを受けた上演でした。今年の『パルジファル』は、それと比べればマシな演出だったと思います。とはいえ、決してよくはなかった。昨年で見る方もある程度の耐性ができてたので耐えられたというだけかもしれない。
冒頭、眠っているグルネマンツに性的なポーズでまとわりつく女がいて、え、もしかしてグルネマンツが堕落するというオチか?と思ったら、当たりでした(ーー;)。この女、クンドリ2号とも呼ばれているようですが、ラストシーンでもグルネマンツと抱き合っていちゃつきます。このとき、台本では死ぬはずのクンドリ1号も、なぜかパルジファルと見つめ合っていい感じになっており、同時に2組の「リア充」が成立(爆)。「救済者に救済を」って、そういう話だったのーー? それとも、男はみんなこんなものという教訓的なメッセージか? まあ、少なくともワーグナー本人はそうだったろうとは思えるけどf^^;。
パルジファルが聖杯を粉々にしてしまったのにも驚きました。いやいやいや、いままでの長い話はそれを守るためじゃなかったの? あえて好意的に考えれば、こんな宝物があるから争いが生まれ、惑わすの惑わされるのと騒ぎになって面倒なのでぶっ壊すということ? それにしては槍は放置なんだけど。武器は壊さなくていいんですか。
もともと『パルジファル』の筋書きは、舞台神聖祝典劇などと銘打ちながら、ハニートラップに引っかかった男がさんざん周りに迷惑をかけて、結局自分では立ち直れず救い主の助けを借りるという情けない話です。ワーグナー最後の舞台作品として、自分のこれまでの人生を省みた感はかなりあるものの、懺悔とも正当化ともつかないものになっています。そこに、聖杯や聖槍といった伝説的小道具、キリストを嘲笑して呪われるという因縁、「共苦して知に至る汚れなき愚者」の予言など、いわくありげな装置を散りばめて、複雑さを増しているのはさすがというべきか。そして、なんといっても音楽。荘重かつ神秘的な響きが物語の宗教性や解釈の重層性をいっそう高める効果を発揮しています。それがどうして上のようなバカップル演出になるのか?
2022『神々の黄昏』との関連で言えば、貧乏臭くて不潔な舞台が共通点といえます。経費節減で衣装など簡素化したいのはわかるけど、それなら演出や舞台装置はすっぱり止めて演奏会+α方式でいいのでは? 実際、バイロイトで上演された『ヴァルキューレ』第1幕の演奏会方式の映像は悪くなかったし。汚いシャツ姿のヒーローとか見せられるよりよほどいい。思うに、毎年バイロイト詣でしているようなお金持ちや好事家の方々にとっては刺激がすべてで、まっとうなワーグナー解釈などはもう不要なのかもしれません。その点、みっちのようにオペラのまだ入口あたりにいる人間は、もっとオーソドックスで格調高い舞台が見たいわけで。しかし、それをバイロイトに求めるのは無理なのかも。
タイトルロールのシャガーをはじめ、出演歌手たちは全員よかった。とくに挙げるとすると、まずガランチャ。この人がワーグナーを歌うイメージはなかったんですが、目力の強さが印象的で、引き裂かれた人格を説得力を持って演じていました。ツェッペンフェルトのグルネマンツも素晴らしかった。いま引っ張りだこな存在のようで、いろんなオペラに出ていますが、彼のおかげで聖金曜日のシーンは感動的でした。クリングゾル役のシャナハンは、ピンクのヘンタイおじさんを熱演f^^;。演出のせいで恥ずかしい格好させられてたけど、歌はとても良かった。指揮のエラス=カサドは本作がバイロイトデビュー? テンポは中庸で、熱気のこもった演奏は立派。カーテンコールでは、演出家や舞台担当にブーイングが浴びせられたほかは、拍手喝采でした。
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