昭和32年(1957)2月25日、岸信介は、なりたくて、なりたくて、しょうがなかった総理大臣にやっとなりました。彼はA級戦犯として巣鴨に入れられました。けれども、いわゆる東京裁判で被告としては裁かれず、準A級戦犯として巣鴨に入っていました。でもGHQの政策の変更で多くの人が間もなく出てきたのです。
岸信介はそのなかの一人です。ちょうど先の東京裁判の判決が下り、東条英機以下A級戦犯七人が処刑された翌日、昭和23年(1948) 12月24日に巣鴨を出所しましたが、すぐに政界には復帰できず、27年の講和調印まで公職追放されていました。
ただいろいろなツテがありますから、ともかく食うには困りませんでした。そして講和条約の発効による追放解除を待って、昭和28年(1953) 4月の総選挙で政界復帰したのです。鳩山一郎以上に強力な憲法改正・再軍備論者です。
ですから、吉田茂が敷いた軽武装の通商国家路線など目もくれず、あんなものは愚の骨頂であるとして、「戦前の大日本帝国の栄光を取り戻すこと」を政治目標とし、対米従属関係を一切払拭して「自由独立」体制を確立するという壮大なる政策目標を掲げました。
そして鳩山一郎が苦心惨憺して作った憲法調査会の会長として憲法改正・再軍備に懸命に取り組みます。さらに、吉田茂が一人で結んできた安保条約は憲法と同様、アメリカに押し切られたものだから、日本の立場がもっと強く出るように変えるべきであるとして、安保条約の改正まで言い出すのです。
安保条約には期限がありませんから、知らん顔していればなんてことないのですが、日本の立場が無視されているからきちんと改正しなければならんというわけです。正直言うと、憲法改正・再軍備ができれば一番いいのですが、かならずしも情勢が許さないのをいくら岸信介でもよく知っていて、せめて安保条約の不平等を正したかったのです。
試みに、内閣が出来上がった時の世論調査を朝日新聞で見ますと、鳩山内閣の時は(内閣ができて) 「よかった」が40パーセント、「よくなかった」8パーセント、その他・無回答52パーセント、国民は吉田ワンマンの代わりに誰が内閣になっても同じくらいに思っていたのです。
そして石橋湛山内閣は「よかった」41パーセント、「よくなかった」11パーセント、その他・無回答48パーセント、まあ鳩山一郎とあまり変わりません。対して岸内閣は「よかった」が33パーセントと低く、「よくなかった」 13パーセント、その他15パーセント、無回答39パーセントだからといって不人気ではなかったのです。
当然、国民の中には強い国家を望む人もいますから。ただ鳩山一郎の時も石橋湛山の時もいくらかブームらしきものはあったのですが、どうも岸ブームは起こらなかったようです。そんなこともあって岸信介は、最初はかなり低姿勢でした。
ただし防衛問題と、とりわけ憲法解釈に関しては低姿勢をかなぐり捨てて、猛烈なタカ派になるのです。たとえば5月7日の参議院内閣委員会で、大胆このうえなく「憲法は自衛のための核兵器保有を禁ずるものではない」と発言します。
日本国憲法をよく読めば、自衛のための核兵器を持つことを禁じてはいない、それどころか持つべきだと言わんばかりの調子でした。いいですか、核兵器を持つことです。これにはおったまげた社会党がただちに内閣不信任案を提出したほどです。もちろん多数の与党に否決されましたが。
また防衛問題にもものすごく積極的で、国防会議がもってきた第一次防衛力整備計画を即座に了承しました。 陸上自衛隊に18万人、海上自衛隊に艦艇12万4千トン、航空機1300機の整備、と過去から見れば倍には届きませんが、かなりの戦備拡張です。
そして、わが国はこんなに国防に力を入れているのですよ、とこれを手土産に岸信介は6月16日、訪米に出発しました。そこでアイゼンハワー大統領やダレス国務長官と会談し、安保条約改定の話も持ち出し、またアメリカ各地で機会あるたびに堂々と演説して強い反共的な立場を明らかにしました。
要旨は次のようなものでした。
一、自由世界を守るためには日米の緊密な協力が必要である。
二、日本は国力の許すかぎり自衛力を増強しようと努力している。
三、日米安保条約を早急に改定したい。
安保改定の具体的な内容を言うのでなく、まずはプロパガンダとして、日本とアメリカが対等の立場で相互に積極的に協力し合う 「日米新時代」の到来を主張したのです。
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