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2023年09月26日05:00

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親台派の強烈な反発


日中国交正常化の代償は大きかった。キッシンジャーの逆鱗に触れただけではなく、自民党内の反対派の強い反発を招いた。それに加えて様々な不運が重なり、田中角栄は昭和49(1974)年12月9日に総辞職した。通算在職日数は886日となりました。

日中国交正常化に反対する親台派は、すでに佐藤栄作政権時代から、強い危機感を抱いて反対運動を展開していました。彼らは、昭和46(1971)年6月、全国の言論人、文化人を集め「中国問題二百人委員会」を設立していました。

昭和47年6月には規模を拡大して「中国問題五百人委員会」と改め、日華平和条約が破棄され台湾との外交関係が絶たれることを回避しようと動きました。昭和47(1972) 7月6日に田中政権が発足し、日中国交正常化に動き出すと、党内の反対派、慎重派は全力でそれを阻止しようとした。

すでに昭和40 (1965)年1月には、賀屋興宣らの親台派を中心として党内に「アジア問題研究会」 (A研)が設立されていました。親台派の多くは親米派であり、アメリカの意向をくんで動いていたようにも見えます。自民党衆議院議員を務めた有馬元治は回顧録の中で次のように述べています。

「中華民国との関係を重んずる”親台湾派�瓩砲盍濘�介、賀屋興宣、石井光次郎、灘尾弘吉ら戦前派の長老組と、中川一郎、渡辺美智雄、藤尾正行、中尾栄一、浜田幸一らの戦後派組があってそれぞれニュアンスを異にはしていたが、中華民国と日本の関係断絶が日米安保に影響すること、終戦直後に日本に示された蒋介石総統の恩義を忘れるべきではないこと、などで、日中関係の早急な正常化に消極的な点では一致していた」(有馬元治『有馬元治回顧録』第一巻)。

同年8月3日に開催された自民党の日中国交正常化協議会の常任幹事会では、正常化推進派と慎重派が激突しました。大平が「台湾との外交関係をそのままにして国交正常化について日中双方の合意が成立することは困難だと思う」と発言するや、慎重派は「台湾問題はきわめて重大な問題であり、軽々しく『外交関係の断絶』などという結論を出すべきではない」と声を荒げました。

特に強硬だったのか、賀屋興宣です。彼は「台湾切り捨て、否認ということ自体が、きわめて不条理のものであって、とうてい日本として信義、国益上認むべからざるもの」として強く反発しました。

さらに賀屋は、「日本の天皇制の維持であるとか、日本の戦後の分割占領の防止、また賠償の放棄、二百数十万の軍隊、在留邦人の無事帰還とか、普通ではありえないような厚い好意すら台湾は敢えてしたのである」と唱え、「こちらから断交するとか、国家としての存在を認めないとか、これほど反友誼的、信義に欠ける外交措置があるだろうか」と痛烈に批判した(『戦前・戦後80年』)。

しかし、9月5日の常任幹事会で基本方針案が満場一致で可決され、9月8日の自民党総務会で党議決定されたのです。その前文には「わが国と中華民国との深い関係にかんがみ、従来の関係が継続されるよう、十分配慮のうえ、交渉すべきである」と謳われている。

「従来の関係」について、慎重派は「外交関係も含む」と解釈し、推進派は「外交関係は含まない」と解釈するという玉虫色の表現で決着させたのです。怒号が飛び交った総理帰国当日の両院議員総会こうした玉虫色の合意だったからこそ、日中国交正常化が実現してからも、党内の反発は収まらなかったのです。

田中総理が中国から帰国した昭和47年9月30日に開かれた両院議員総会は大荒れとなりました。首相秘書官を務めていた木内昭胤は、その様子を次のように振り返っています。〈右派議員の突き上げで机をひっくり返さんばかりの雰囲気で、怒号が飛び交うわけですよね。「何をしてくれたのだ」と。台湾派の日本の議員も崖から突き落とされたようなものですから、彼らがカッカするのもわかります。私は後ろの席で見ていたのですが・・・国会の乱闘なんていうものじゃなくて、もっときついものでした〉 (服部龍二 『日中国交正常化』)

田中角栄は、両院議員総会の冒頭、「国交は昨日をもって開かれ、これから党、政府一体となり、事後措置などをやらねばならない。これから悠久の平和のためになさねばならぬことが多くある。これを党、政府一緒に、国民の皆さんと一緒になってやりたい。了承をえられたく思う」と訴えた。

さらに大平が台湾に関して説明すると、藤尾正行が次のように批判の口火を切りました。「中華人民共和国との国交を得た代りに、台湾との断絶をもたらし、これまでの不正常に匹敵する緊張を生み出した。外電によれば、東南アジア、太平洋諸国はその影響に不安を感じているという」

続いて、親戚である渡辺美智雄も「日華平和条約を廃棄するなら、まず自民党内を一本化して、承認させるべきだ。また条約は国会で批准したものであり、その廃棄は国会に承認させるべきだと思う。外相発言で条約を廃棄できるなら、日米安保条約もいつでも廃棄できることになる」と語った。

浜田幸一や中山正暉は、日華平和条約の廃棄は憲法違反だと突き上げました。しかし、大平は「私は、日中国交正常化の結果、日華条約が働く余地がなくなったと言っているのだ。これについて国会に判断を求めなければならないとは考えない」と述べて、閉会に持ち込んだのでした。

石原莞爾平和思想研究会 (ishiwara-kanji.com)

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