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2023年09月19日04:45

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憲法改正の動き

水爆実験による第五福竜丸事件(昭和29年3月)を契機に、民衆の間でも原水爆禁止運動が拡大してきまして、昭和30年8月6日、広島ではじめての原水爆禁止世界大会が開かれました。

また、米軍基地反対闘争が各地で起こり、同じ年の七月には、東京・立川基地拡張に関して、地元の砂川で闘争がはじまりました。 九月には警官隊と民衆が大激突し「砂川闘争に勝たんかな」がスローガンのように叫ばれ、まさに左翼運動の象徴的な闘争となりました。

そんなふうに鳩山内閣のもとの昭和31年頃までは、しばしば流血の紛争事件が起こり、それには平和に対する国民の強い希望が注ぎ込まれました。こうしてどんどん強まる平和運動は同時に、裏を返せば憲法を護ろう、との護憲運動にもつながっていきます。

それは鳩山内閣が掲げる政策の憲法改正・再軍備は認めないという趣旨ですから、病状もよくない鳩山さんとしては、なかなか思うような政策が実行できなかったのです。それでも使命感を抱く鳩山さんは、議会でも両派社会党が猛烈に反対する中、保革の正面対決であろうが意に介せず、自分の政策を押し出そうと頑張ります。

それにはまず平和憲法鳩山さんからすればアメリカからの押しつけ憲法のどこが悪いかをきちんと調査する必要があるというわけで、懸案の憲法調査会をつくるべく「憲法調査会法案」を議会に提出しました。さらに日本の国防をもっときちんとしたものにしよう、すなわち再軍備の必要性について 「国防会議の構成等に関する法律案」も持ち出しました。

これらが社会党と激突して大揉めしてずいぶん時間を費やした結果、両方とも審議未了で廃案になってしまいます。このことが、「こんなことをくり返していてはたまったものじゃない」と保守合同への道につながるわけです。

さらにいえば、その前に両派社会党が合併しちゃいましたから、ますます民主党の政策を議会で通すのが困難になり、自由党と一緒になって大政党をつくって社会党と対決しなければならない、とより一層、保守合同の必要性が高まったわけです。

というようなことで、第二次鳩山内閣は、理想は高く掲げながらももたもたと何もせず、いつも審議未了で廃案、なにやら保守合同のための内閣と言ってもいいようなものでした。さて保守合同の結果、圧倒的多数の与党となって、第三次鳩山内閣が昭和30年11月22日に発足します(昭和31年12月20日)。

それまで野党の反対もあり、揉みに揉まれてにっちもさっちもいかない状況が続いただけに、こうなると「今度は大丈夫だ」と強気になります。たしかに保守合同の結果、大自民党は三分の二を獲得せんばかりの勢いではありましたが、やはり平和思想の強まる中、革新政党が三分の一を超えていたのです。

もしもこの時、自民党が三分の二を超えていれば、憲法改正の動きがかなり具体化したと思うのですが。しかしなんとか憲法改正に漕ぎ着けたいという思いもあり、やっと憲法調査会をつくるところまではいったのです。しかし改正そのものはまだまだ遠い先の話でした。

石原莞爾平和思想研究会 (ishiwara-kanji.com)

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