物事に愛想が尽きるということがあります。
それは、蓄積です。
今回、病気を疑うことになって、堪忍袋の緒が切れました。
横暴なAがいて、こちは寛容に振る舞い許していたとします。
ところが、あるとき、Aが些細な横暴を働いたら、閾値を超えてしまい、「もう、アイツと付き合っても、無駄だ」と、Aと付き合わなくなるなどのことがあります。
ラクダの背中に荷を積んでいて、閾値を超えたら、たとえ軽いものでもラクダは倒れてしまう。いわゆるラストストロー(最後の藁一筋)です。
微熱の結果が出て、思うところがあり、ますますいわゆる「左」になりました。
前からお話していた通り、
朝晩、微熱がある。起床時に大量の発汗がある…という症状の結論がでました。
CRPという、炎症のマーカーが低いので、決して感染症ではないそうです。
男性更年期か、体温計の故障か…という笑っちゃうしかないことになりましました。
いまだから言えますが、
一番怖かったのは、結核です。休まざるを得ません。しかし、自分が講義した学生にその事実が伝わるわけです。どれほど、不安を与えるか。
また、私の雇用も問題です。
医学部、医療系大学は、大丈夫です。河合塾も大丈夫。問題は、中小です。産休のように、代役を立てるわけにはいかないでしょう。だから、一時は相当の損害を覚悟しました。
そうか。結核になってら、保証はないんだ。。
今まで我慢してましたが、今回の件は、ザ・ラストストローとも言えます。
私は狭いジャンルをやっているだけですから、非常に狭い範囲で少し論文を書く程度です。私程度の人間は食えなくても、なんら、社会ではありません。
しかし、世間には、広いというより普遍的な(ほとんど汎神論的な)イノベーションをする人がいます。そういう人は、文字通りの意味で天才です。そんな人の中には、仕事をすると時間がなくなるので、就職もせずに道を究めようとしている人もいます。
モノになる人が一万人にたった一人でも、その人を発掘するために、そういう人が生きられる環境を作るべきでしょうね。
仕事や安定を考えずに、好きなことができる環境。
ベーシックインカムの導入や、相続を制限するなどです。
そういえば此の前、
昭和医学部で「遊びの精神」という小論文が出たので解説したことがあります。
いろいろ教えて、
ガロワとアインシュタインの話になりました。
ガロワは、エコールポリテクニックの教授より200年も頭が進んでいたから、大学落ちました。
アインシュタインは、チューリッヒ工科大の数学の教授が「こいつは才能がある」と頑張ったおかげで、数学以外の科目は芳しくなかったが合格した。
要するにこの二人は、人の評価とは無関係に好きなことをしていた。仕事ではなく遊びだったのです。普通の日本人がガロワだったら、École Polytechniqueの入試を突破するために、バカのふりをするでしょうし、アインシュタインだったら、科目を満遍なく勉強するなどです。(日本の数学少年は、共通テストの苦手の古文に悪戦苦闘しています(笑)
ガロワとアインシュタインは、出世欲がなかったというより、出世よちもっと優先してやりたいことがあった。
こういう人間が出てくる、安心して「遊べる」社会をつくることにしか、日本の未来をつくる道はありません。
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