「愛人 ラマン」「セブン・イヤーズ・イン・チベット」などで知られるフランスの巨匠ジャン=ジャック・アノーが、2019年に起きたノートルダム大聖堂の火災を題材に、消防士たちの命懸けの救出劇を描いたドラマ。
2019年4月15日、パリのノートルダム大聖堂で火災が発生した。警報器が火災を検知するも大聖堂の関係者たちは誤報だと思い込み、その間にも火は燃え広がっていく。消防隊が到着した頃には大聖堂は激しく炎上し、灰色の噴煙が空高く立ち昇っていた。複雑な通路が入り組む大聖堂内での消火活動は難航し、貴重なキリストの聖遺物は厳重な管理が裏目に出て救出に困難を極める。消防士たちはマクロン大統領の許可を得て、最後の望みをかけた突入作戦を決行する。
実際に大規模なセットを炎上させてIMAXカメラで撮影した映像とVFX映像の融合により、圧倒的リアリティで緊張感たっぷりに描き出した。(映画.comより)
<2023年4月8日 劇場鑑賞>
ノートルダム大聖堂が火事になったことは、ニュースで知ってます。行ったことはないですけど、その後再建に向けて企業などから多額の寄付が集まったことも、それに対して「国民の生活もままならないのに、大聖堂の方が大事なのか」と一部の国民が怒った、という記事も読みました。まぁそうね、とも思いました。
で、この映画はそのときの様子を映画にしたものです。9・11事件の後に消防士さんなどを主人公にその顛末を描く映画がいくつもできたように、この映画もその系列の映画です。いろんな人が、必死に人々や大聖堂・歴史ある遺物を守ろうと奮闘する姿は感動的です。
しかしながら、今回は違う視点から感想を書きたいと思います。火元ですが、映画で「これだ」とはっきり描かれるわけではないのですが、古い木造の屋根裏部分、そんなところに電線(導線?)やスイッチが入り組んでいます。当然ですが、埃だらけです。鳩が自由に出入りします。当然ですが、その危険性を理解できない鳩は、古い導線を踏んづけています。大聖堂では、なんかしらの復旧工事もされていて、休憩時間には現場の兄さんたちが、タバコを吸う映像も入ります。そのうちの一つが工事現場から落ちてゆく映像も映るのですが、それが鳩のいるところへ落ちたのかどうか、鳩が踏んづけていた導線と共に火元となりえたのかどうかは、はっきりとは描かれません。しかし、これだけ歴史のある建物となると、屋根裏が木造なのは当然として、埃・古い導線など、危ないものはいっぱいあります。しかも、鳩さんたちも自由に出入りする。この火事は、今でなくとも、いつか必ず起こったものではないのだろうか、と素人の私はそう思いました。また、最初に警報が鳴ったとき、新人の警備員は即座に上司に伝えました。そして、誰もが「誤報なんじゃないのか」といぶかる中、一応ミサに集まっている人々は退避させられます。が、火元と思われるところに目視に行ったのは、警察を定年退職して再雇用された初老のおじさん一人。出っ張ったお腹でハァハァ言いながら階段を上り、チラッと見て「異状ない。誤報だ」と既定路線です。見る場所を間違っていたのかもしれません。とにかく、人々に気付かれる頃には手に負えなくなっていたわけです。
日常で私たちも、身近で警報が鳴ってもあまり緊張しません。確かに「誤報かな」と思います。でも、やっぱり天下の大聖堂なのですから、せめて複数の人数で散らばって目視していれば、と残念に思いました。また、道路の大渋滞!緊急車両が全然通れません。日本だと、まだ車はみんな道の端へと寄りますよね。その隙間すらないくらいビッシリ車で埋まってるんです。また、歴史遺物が厳重に保管されているのは当然なのですが、何重にもなっている鍵が、それぞれ担当の人が持っていたりします。消火活動も、上に出る扉の鍵がいちいち担当者を呼ばないと開かなかったり。まぁそれはある意味当然なのでしょうが、人間界って、面倒くさいんだなぁと思いました。
燃え盛る大聖堂を目にして、人々は祈りを捧げ、讃美歌を歌います。関係者の奮闘のおかげで、この火災に関しては死者ゼロだったのです。それは本当に驚くべきことなのでしょう。神の思し召しなのかもしれません。エンタメ性は低いですが、名作です。
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