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2023年04月04日05:12

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ロシアの歩み


2022年2月、ロシアによるウクライナ侵攻は、全世界に衝撃を与えました。ロシアという国とプーチン大統領を、暴虐で理解が困難と考えたひとも多いと思います。しかし、ロシアという国とロシアを巡る国際政治を冷静に知る努力を怠ってはならないでしょう。

ロシアは東西約8900キロの面積を誇る世界最大の国です。アメリカと並ぶ核保有国であり、国際社会の安定にとって極めて重要なアクターです。冷戦時代にはアメリカと1対1で渡り合い、ソ連崩壊後は幾多の困難を乗り越えて、プーチンという強力な指導者の下で復活を遂げました。

そして、何よりも日本に最も近い隣国なので、稚内とサハリンの距離はたったの4キロしかないのです。ロシアのたどってきた歴史を振り返り、国際関係論や地政学的見地からロシアの行動原理を検討します。次いで固有の歴史と文化に基づくアイデンティティ、ロシアンイデオロギーというべきものを浮き彫りにしようとします。

ロシアの歴史を通じた重要な地政空間は、バルト海、黒海、東欧平原、東方(中央アジアと極東)の4つであります。常に四方の周辺諸国と戦争をして、国家消滅の危機に陥りながらも領土を拡大してきました。そのためロシアにとって戦争は歴史そのものであり、この国の偉大さを証明するものでもあります。

ピョートル大帝は北方戦争(1700〜14)においてスェーデンを攻撃して、ロシアはバルト海の覇者となりました。エカテリーナ2世は、ピョートル大帝の事業を受け継ぎ、露土戦争 (ロシア・トルコ戦争)によってクリミヤ半島をオスマン帝国から奪いました。

さらに東方3か国(ロシア、プロイセン、オーストリア)で組んでポーランドを分割し、ポーランド国家を消滅させました(1793)。19世紀に入ると、アレキサンドル1世の時代(1801〜25)にロシアはヨーロッパの国際政治に招き入れられましたが、徐々にロシアの異質性も明らかになっていきました。

アレキサンドル1世の後の二コライ1世の統治下(1825〜55)においては、カトリック、プロテスタント、正教会を包含する価値観よりも、ロシアが奉じる正教会こそが真実のキリスト教であるというアイデンティティを強く意識するようになりました。

アレキサンドル1世の時代にロシアをヨーロッパに結び付ける役割を果たした正教会が、今度はヨーロッパとの間に一線を引くことになったのです。それが、バルカン問題に結びついたとき、クリミヤ戦争(1853〜56)へと至る道が開かれることになったのです。

我々はヨーロッパというとイギリスの議会政治、フランスの人権宣言を思い浮かべます。だがロシアのような西欧とは異なる歴史、アイデンティティを有する国があることを忘れてはならないでしょう。かつていわゆる進歩的文化人が共産主義イデオロギーに基づいてナイーブにソ連を評価し裏切られたことを想起すべきでしょう。

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