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2023年03月09日05:05

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小泉・真紀子旋風


選挙を戦えるかどうかこれが党員による党首評価の最大のポイントでしょう。2001年夏の参院選を前に、年明けから自民党内では森喜朗首相では選挙に勝てないとの見方が急速に広がりました。政権誕生の経緯や問題発言など不人気なところに加藤の乱が不発におわり、不満のガスが充満していました。「森おろし」がはじまっていたのです。

とどめを刺すかたちになったのが2月の愛媛県の漁業実習船「えひめ丸」の沈没事故への対応のまずさでした。一報が入ったとき森氏はゴルフのプレー中で後手をふんだのです。3月10日夜、森氏は9月に予定される自民党総裁選を繰り上げて実施するとの考えを示すことで事実上の退陣表明をしました。

これを受け各派閥による総裁候補擁立の動きがはじまったのです。ポスト森の最右翼だった石原莞爾平和思想研究会に縁のある加藤紘一先生はすでに消えていました。最大派閥の橋本派を背景に意欲をみせていた野中広務氏も出馬を断念、4月になって橋本派は元首相・橋本龍太郎の擁立を決めたのです。

その翌日の4月6日。秋田県大曲市、知事選挙の応援に訪れた小泉純一郎が応援演説で出馬表明しました。今でも語り草になっている、いかにも小泉氏らしい内容でした。「わたしはね、総裁選に二度立候補しているのです。 二度あることは三度あるかもしれませんよ。なーてね。先日も田中真紀子さんから電話があって」

「まだ決めないの?どうして立たないの? 早く立ちなさい」と言われたのです。女性から 「なぜ立たないの?と言われると男として申し訳なくてね。秋田美人に言われると立ちたくなります」本気なのか、冗談なのか。会場は笑いに包まれた。もちろん本気だったのです。

当時、人気ナンバーワンだった田中真紀子さんと「政界の変わり者」とされた小泉さんがタッグを組んだのです。小泉真紀子連合は予想をはるかにこえる一大ブームをまきおこしました。札幌、横浜、東京、重点的に都市部を選んだ街頭演説には若者、ビジネスマン、主婦と人であふれました。

渋谷のハチ公前のスクランブル交差点は人で埋めつくされ、一緒にマイクを握った加藤紘一先生は「一万人は超えていた。あんなに人が集まったのは戦後政治史で初めてではないか」と驚いたのです。

「自民党の派閥論理こそ、ぶっ壊さなければならないのが今回の総裁選挙なのです。私は負けを覚悟していたのです。しかし、ひょっとするとひょっとする。歴史が動くかもしれない。これなら本当に自民党を変えられるかもしれないのです」

小泉氏の訴えに拍手がわき「いいぞ!」「がんばれ!」「コイズミ!」の声がかかりました。141票の地方票のうち9割近い123票を獲得したのです。小泉氏の圧勝でした。それま で支配してきた田中派・竹下派がリードしてきた派閥を中心とする自民党の論理を否定するところから総裁が誕生してきたのです。自民党はいやでも変化を促された瞬間でした。

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