神社仏閣の所在地に法則性はある? 愛宕神社と弁天堂の場合
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田舎育ちの旧世代(70代?)の人にはわかるかもしれませんが、寺の息子は、殿様、娘は姫様と言われました。
封建領主の独立性があったからです。だから、町方の治外法権の土地であるから、外敵の侵攻を意識したつくりでした。
たとえば、井戸が掘れる場所にできます。
井戸があるとなかなか城は落とせません。なぜかというと、お米は優に十年もつから。また、玄米だとたんぱく質の他にビタミンやミネラルがあり、そればっかり食べていても生きていけます。玄米を備蓄して、井戸水を飲めば、万全。
そのような城の伝統的な作り方に倣っていると言えます。
ところが、江戸の内部にある仏閣は違います。
印として他と連動する仏閣。
代表例が、目白不動尊です。
大みそかになんとなく散歩コースから外れて、目白を目指したくなりました。
目白と目黒は山手線の駅の名前ですが、不動明王の目の色です。
目白不動尊・目黒不動尊・目赤不動尊・目黄不動尊。目青不動尊
場所が転々とした目黄以外は、おおむね、高いところに建ちます。目白不動尊も、小さくて高いお堂があり、登って行って礼拝して、その中に見えたのは確かに目が白いお不動様でした。
明らかに何かの印であり、そこを詮索すると、中井英夫の『虚無への供物』になってしまいますが、つい思わずにはいられません。
その他に、地域を高台と貧民窟とに区切る役割もありました。
この辺りも、なぜそうなっているのか、よくわかりませんが、台湾でも同じです。台湾の場合は日本と少し違って、歌舞伎町や玉ノ井のような歓楽街を裏手に抱えているようですね。
そう考えると、愛宕神社の立地は、全部の寺社仏閣の立地を説明しないようにも思えます。
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