当時の日本は「過去の教訓」も省みずに誤った判断をしました。
世界中で技術の進歩がおきているときに「自分たちの技術開発」を止めてはいけない。
止めればあとから大きな不利益が降って来る。
・江戸時代、戦がなくなって武力をもつ侍が従来通りの武器(刀・槍・鉄砲・大砲)で止まってしまったので明治維新後、追いつくのにとんでもない苦労をした。一応欧米列強に「負けなかった」けど。
・一応、航空機の優位性に気付いていた軍人もいたけど、惰性で大艦巨砲主義と精神論に行ってしまったために太平洋戦争ではぼろ負け。
・ついでに航空技術開発を7年間禁止されたので、旅客機の開発は今でも・・・
話を原子力利用に戻します。
約10年、原子力施設は停止させられてしまいました。その間に、技能者・技術者は年をとり、新人もほとんどおらず、技能を磨くこともできませんでした。
10年間、最低限のメインテナンスしかされてこなかった施設を稼働させるのがどれほど困難かわかりますか?全部点検して、異常個所を探して、修理・修繕して、と新規に作るよりもはるかに手間がかかります。
それを熟練者が退職し、人数が減っている状況で、やたらと厳しい「規制」の中でやるわけです。
現在の原子力施設で危険なのは「稼働していること」ではなく「放射性物質の存在」です。
事故で漏洩したセシウムなどは半減期が短いことがわかっています。量子力学的な半減期だけでなく、雨などで流されることによる半減期もあるので10年もたてば「ほぼ無害」になっています。
トリニティ実験・広島・長崎をはじめとする原水爆の影響よりもはるかに生物に対する影響は小さいと考えられるレベルです(広島や長崎では除染なんて行われていませんが、ヒトも動物も住み続けていました)。実際にあった最大最悪の悪影響は「風評被害」です。
福島第一事故では4号炉(事故当時稼働しておらず、核燃料すら装填されていなかった)が「世界最悪の危険」と言われました。燃料プールには大量の核燃料が存在していたからです。核燃料プールに「ふた」はできません。水に漬けてあるだけで上は開放です(原子炉は頑丈なステンレス容器で、高い圧力にも耐えるはずの密閉容器です)。
核燃料の放射能はそれほど減っていません。ウラン238などは何十億年という長い半減期を持っているのです。
施設は未使用で老朽化し、人員は補充されないまま熟練者が退職してしまいました。
私は「さっさと稼働しろ」「動かすな!」のどちらにも与しません。
「どうすれば現在あるものを安全に管理できるのか」を最優先に、エネルギー供給や経済も含めて考えることにしています。
原子力利用に関する政策の議論は「遅すぎだ!」と思っております。さっさと「どうやって安全にしていくか」を議論しなければなりません。
「止めたままだとより危険になる」ということです。
■原発の政策転換、議論は拙速? 10年前の国民的議論と比較すると…
(朝日新聞デジタル - 12月17日 09:03)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=7228510
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