■私たちが体育を嫌いになった理由 頑張っても「やる気ない」と怒られ
(朝日新聞デジタル - 11月19日 14:43)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=7193471
レベルというものがあります。
いくら体育の先生でも、道を極めた人は、一味、違います。
「受け身が出来なければ、柔道をやるな」と、三か月間、受け身ばかりやらせていた高校の先生は、国体にも出た講道館五段でした。
この先生は、国士舘の柔道部出身で、言動はいかにも普通の体育の先生でしたが、言うことがちょっと違いました。
「運動しないのに体を動かすと筋肉を傷める」といったのは、大学の体育実技の先生です。
まあ、こういう正論を聞くと、体育も嫌いにはならないでしょう。
しかし、ハードな体育会系の部活は…
前に言いましたが、
根性と協調性がなくなるから、反対します。
よ〜っく、元体育会系のオヤジを観察してください。
協調性がある者は、皆無。
自分の間違いと向き合える強さを持った者も皆無です。
ここまでは、前にもお話ししましたが、なぜそうなるのでしょう。
同級生が地銀の頭取になりました。大抜擢人事だという噂ですが、写真をみると、老人です。「大抜擢」というのは、生物学的年齢に対してのことであり、ロマンスグレーを七三に分けた写真は老化しています。
そうです。規則や秩序に従う職に就くと、老化します。
金融など顔は老化しても頭はそこそこ、人柄がいい人が多いのは、
頭を使うからです。
頭を使わなくなったら、「オレが、オレが」だけ。
たとえば、学者でも威張りん坊の人はいます。
絶対といっていいほど、業績がない、あるいは取るに足りません。
だから、「謙虚であれ」というのは、間違いで、
正確には、
「謙虚になれるように、日々の勤めに精進せよ」
ということなのでしょうね。
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