昨日、ログインできませんでした。
何だったのでしょうね?
ともかく、昨日の日記です。
お袋の遺品を少しずつ整理しています。
先日は、古い洋服ケースが出て来ました。
中を見たら、手拭が沢山入っていました。
どれも茶色の染みが出ていたりします。
弟と顔を合わせて、処分する以外ないだろうなぁと言う事になりました。
ほとんどが年賀の品のような感じです。
全部箱から出してみたら、箱の底に昭和36年の新聞紙が敷いてありました。
その点からすると、昭和35年から昭和37年頃に頂いた物のようです。
それぞれの手拭を頂いた先を見たところ、その多くの名前に僕は記憶がありました。
その当時米を買っていた米穀店、
親父が仕事上での付き合いのあった栃木市の商店、
その店のお嫁さんとお袋が親しかった化粧品店、
近所の魚屋、
お袋の実家の雑穀店、
近所の写真機店、
親父の友人、
近所の八百屋、
近所の酒屋、
近所の洋服店、
親父の友人の農機具店、
親父とお袋が世話になった煙草店、
近所の材木店、
これらの店は、両親とどのような付き合いだったかが分かりますが、
いずれも既に廃業してしまった店です。
現在も続いている店も多少はありました。
ご承知のように、今家の改修工事中ですが、
工事を行っている工務店とは、やはり昔から付き合いがありました。
昔は材木店を名乗っていて、その手拭が出て来ました。
その工務店は途中で名称を変更していますし、
場所は同じ所にありますが、住居表示が変わっています。
その工務店の専務が3代目(4代目かも知れません)なので、
汚れてはいましたが、手拭を見せて渡しました。
昭和30年代以前には、
そのように店ごとの粋なデザインの手拭を作り、
正月には配っていたのですね。
余り豊かな時代ではなかったような気がしていましたが、
今の時代から考えると豊かな時代でもあったのかも知れないと
少し見方を変えた方が良いかと思いました。
僕が勤めてからも、蕎麦屋などで手拭をもらった覚えがありますし、
あるいは今もそのような店があるのかも知れませんが。
それらの手拭ですが、一部を残して処分しようと思いました。
当初は繊維類の資源ゴミで出そうと思ったのですが、
ダメ元でボランティア活動を行っている知り合いに訊いてみたところ、
手拭を喜ぶ所があるから仲介するとの話になり、
その人の所に届け、更に先方に届けたとの事でした。
【今日の一句】
ややこしや 双子の姉妹に 町で会い
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