先日から読み進めていた「藤山一郎自伝」(光人社、文庫)
日本の歌手として活躍された「男の自伝」。読み返すのは何度目だろう?
明治44年生まれの方なので、太平洋戦争にも行っておられる。
ただし、兵隊としてではなく、あくまで歌手として、蘭印などへ慰問に、である(一度は読売新聞の慰問団として、もう一度は海軍嘱託として、のちに捕虜として収容所)。
だからこそ、当時の大日本帝国陸海軍や現地の人たちとも交流があり、戦争の記録とは違う視点からの記録になっている。
慰問先や収容所の病院で看護婦らしからぬ看護婦がいたので不思議に思っていたら、慰問に来ていた芸者たちが帰りの船が来るまで臨時に看護婦見習いをしていたとか、終戦で捕虜になったとき、収容所へ短波ラジオを「神棚だ」と言い張って持ち込んだとか、収容所の英国軍の慰問でスコットランド民謡を歌ったら「アイルランド民謡も歌え」と言われたとか、戦争とはいえ「悲惨だった」だけではないということもわかる。
戦争はよくない。
が、その中を精一杯生きてきた人たちには、心から敬意を払おう。それが米英によってA種戦争犯罪人だと言われた人であったとしても。
誰かを悪者にしなければならない正義なんて偽物でしかないからね。
■岸田首相、安倍政権からの文言踏襲 戦後77年、戦没者追悼式で式辞
(朝日新聞デジタル - 08月15日 12:35)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=7073128
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