沖縄戦について書かれた本はいくらでもある。
が、日本人なら知っておいた方がいいと私が考えることはこの記事にも多くの本にも書かれてはいない。
なにより沖縄のひとびとは自分の家族、自分たちの住む沖縄のために、勇敢であったということ。米軍を相手に戦ったというだけではない。ひめより学徒に代表されるとおり、苦しんでいる傷病兵や家族を守るために勇敢に行動した、ということだ。
そのことを本土へ伝えようとしたのが「沖縄県民カク戦ヘリ」の電文(大田實中将、海軍)だろう。
沖縄が捨て石にされた、見殺しにされた、と感じる人も少なくない。が、当時日本の陸海軍にできたことはほとんどない。見殺しにするなら、特攻機を飛ばしたりはしないし、戦艦大和を派遣したりもしない。制空権・制海権を奪われた以上、それしかできなかった、と私は考えている。
陸軍も後世散々にけなされているが、輸送手段のない陸軍に何ができたのだろう、と考えてみたときに気づいて戦慄したことがひとつ、ある。
牛島満将軍が「沖縄県民成年男子はすべて軍人とみなす」と発布したことだ。最初にこれを知ったときは「県民すべて玉砕しろ、ということか?!」と私も憤ったが・・・そうではない可能性に気づいた。
戦争において民間人は保護の対象になる。が、沖縄県民が家族を守るためにアメリカ兵を殺してしまったら「殺人罪」に問われる。当時であればその場で銃殺されてもおかしくない状況だった。
が「みなし」であっても軍人が戦争で人を殺しても罪には問われない。投降すれば捕虜としての扱いになる。牛島将軍はそれを考えてやったのではなかろうか。
軍人として、苦悩に満ちた決断ではなかったか。彼にできる唯一の、いちばん冴えたやりかたではなかったか。
牛島氏は「生きて虜囚の辱めを受けるな」派だった人だが、最期までそうだったのだろうか、自分たちがまきこんでしまった沖縄の勇敢な人たちに対してもそうだったのだろうか?私にはわからない。
実際にこんな決断のできる(できた)人物を私は他に知らない。
6月23日は沖縄戦の組織的な戦いが終結した日でもあるが、牛島将軍が自決した日でもある。
日本は戦争をしてはいけない。巻き込まれてもいけない。
私にとって「悲惨だから」ではない。
のちのちまで、世代を超えて、苦しむひとをふやさないため、であるべきだと思う。
正義を唱えてこぶしを振り上げるのは簡単だ。どこのSNSにもそんな人はたくさんいる。
今の世界もそんな状態だ。そして多くが苦しむことになる。こぶしを振り上げた当人も。
「本当に正しいことを言っているのなら、誰にも反論はできない」
私はこの言葉をずっと考えている。そして、それができるものになりたいと願っている。
■【そもそも解説】沖縄戦で何が起きた 住民巻き込んだ「地獄」の戦場
(朝日新聞デジタル - 06月23日 09:05)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=7006639
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