■両津勘吉も訪れた「船橋ヘルスセンター」跡地に残る「昭和の痕跡」 撤去の危機を2度乗り越えた「一本松」が伝える思い出【昭和の日特集】
(Jタウンネット - 04月29日 08:00)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=241&from=diary&id=6940374
「三井ショッピングパーク ららぽーとTOKYO-BAY」、「IKEA Tokyo-Bay」などが立ち並ぶ、JR京葉線の南船橋駅に程近い千葉県船橋市の湾岸エリア。その敷地にあったのが昭和30年にオープンした「船橋ヘルスセンター」なる温泉施設を主体として遊園地やプール、劇場にサーキット場、遊覧船もあった総合娯楽レジャー施設で、三木鶏郎の作詞・作曲による楠トシエが歌うCMソング「長生きチョンパ」
https://youtu.be/lHOWltPCNMY?t=3の印象が大きかったですね。
その船橋ヘルスセンターも、昭和40年代の終わり頃になるといつの間にかテレビから聞き慣れたCMソングを耳にすることが無くなり、来客数の減少に加えて地盤沈下防止を理由に温泉の採掘が禁止されたことが大きく、昭和52年には閉園となったようで、当時、その跡地をショッピングセンターとして再開発するという話が三井不動産を中心に立ち上がり、私の父がそれに参画していたメンバーの一人でした。私は閉園後に父に連れられてその寂れた感じの跡地に行ったのが最初でしたが、当時は京葉線が開通しておらず、船橋駅や京成本線のセンター競馬場前駅(現:船橋競馬場駅)からバスで行くような場所で大型ショッピングセンターが盛業できるのだろうかと、やや懸念していましたね。
「ららぽーと船橋ショッピングセンター」(「ららぽーと」の第一号)と名付けられ、そごうとダイエーをメインテナントとし、多くの専門店を擁したこの商業施設は昭和56年に開業(昨年がオープン40周年だった)しましたが、やはり当初は客の入りも少なく、業績的に伸び悩んでいたようで、京葉線の開業など交通アクセスの改善などで周辺地域が商業激戦地になった現状を考えるに、まさに“隔世の感”と感じますね。
で、「昭和の日」企画とかで「船橋ヘルスセンター」を取り上げようとしたこの記事で、鳩のモニュメントの記念碑とその近くにある一本の松に有りつけたということですが、その場所にも行ったことがあるはずですが、そこにそういう記念碑と一本松があるとは、正直知りませんでした。
「浜町商店街」のある商店主の話で「記念碑の方はあんまり気にしたことなかったですね。記念碑の隣にある一本松が当時はシンボルでしたから」だそうですが、一連の話を読んでいると、京阪本線の萱島駅にある楠の木を思い出しましたね。推定樹齢700年で高架のホームと屋根を突き抜けて生えていて、萱島神社の御神木で、昭和47年に高架複々線化される際に伐採される予定だったのが残されることになった経緯があり、その名物として今なお駅のシンボルとなっているのですが、三井不動産による撤去計画を2度乗り越えたとは、何ともいい話に感じますね。
樹齢は違うとは言え、“御神木”は大事にせよ、てなことかもしれず、「ららぽーとTOKYO-BAY」の今日を支える松と言えそうな存在でしょうかね……。
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