1月4日、新潟に行こうとするも三国峠(上越線)が大雪で超えられません
仕方がないので日本海側に出られるルートを模索しつつ、結局太平洋側を北上する結果で青森まで到達しました。しかもここからも日本海側(弘前方面)は行けないので腰を据えます。
青森市内も豪雪で、屋台村”さんふり横丁”の「奥津軽」に転がり込みます
とりあえず青森名物「生姜味噌おでん」ツブ貝入り。酒は陸奥八仙やら田酒の安いので泥酔です。
ママお手製の「千枚漬け」がまた旨い。
残り僅かで売り物に成らない酒を勘定外で他の地元客のお姉様方と空ける結果に。
翌5日の青森駅。
奥羽本線は相変わらずで弘前にすら行けません。事実上「新青森⇔青森」のシャトル専用と化してます。
津軽線は「蟹田」までは復旧。
そして「青い森鉄道」は何事も無いかのごとく通常運行しています
青森市街。
除雪作業中のホイールローダーの左側の建物が、映画「いとみち」お祖母ちゃん役の西川洋子(高橋竹苑)さんの「正調民謡の店 陣太鼓」ですが、4年前に廃業しています。
青函連絡船「八甲田丸」と巡視船「おいらせ」
海際遊歩道は雪と破損箇所修理工事が出来ず通行止めで、ピンポイントで入れる部分から撮影。
この日は朝から何も食べておらず、「三ッ石」に向かうも早じまいで既にラストオーダー時間。
そこでジンギスカン「林檎屋」へ。
ラム肩ロースとラムチョップでスタート。
新宿「だるまや」にも負けず劣らず美味い店です
生ロースはだるまや式に表面を少しづつ炙るように焼いて回転。
最後はこれもだるまや同様、育てたタレを使ってお茶漬けで〆です
https://www.aomoriringoya.com/
そして「三ッ石」。まずは昨年お盆休みで来た時の光景
「北寄貝刺し」。
マスター自ら前日に種市で仕入れてきたもの。私は台風直撃で行き損なったのに。
お酒は「安東水軍」特別純米(鯵ヶ沢・尾崎酒造)。マスターが「選択が通だねぇ」と。「昔あなたに教わったんですけど」(笑)
マスターが(ねぶたが突如中止に成ってしまった為)「酒が減らなくて困ってるんだ」と、次々と希少酒を持って来る、勿論会計外。
「これホッキ貝に合うんだよね」「食べ終わっちゃってから勧めるなよ」
向こうではマスターと地元常連客(大者っぽい)が歓談中。
「黒にんにくの天ぷら」。
青森名物の一つで、大蒜を発酵させ酸味が強く単体料理では難しいですが、酒の肴には最高です。
「穴子一本揚げ」
1月6日、降り続く青森市街。
これを飲む為に青森まで来ていると言っても過言では無い希少酒「八仙・純米大吟醸無濾過・生」。ラベルに注目、通称『裏八仙』(八戸酒造)
私的にキングオブ日本酒です。
三ッ石マスター、最近は獺祭コピーの上質の酒が多過ぎて食傷気味で、今美味いと思うのは呉の安酒「雨後の月」(相原酒造)だそうで。勿論、店には置いてません。
大雪の為、他に客は1組だけな上に食材が殆ど無い状態
なので作れる肴はホッキ貝刺しや黒にんにく天ぷらなど夏に食べたののと一緒(笑)
「たつ」(真鱈の白子)は刺身はNG、天ぷらはOKとの事で、勿論注文ですよ。日本酒の肴に最高です
真鱈白子は地方によって「たち」とか呼び方が微妙に異なります。
裏八仙以外の酒は向かって左方向へとマスターがサービスだと勝手に注いできたもの
「十四代・中取り純米・無濾過・生詰」(高木酒造)とかネットでビックリするほどのプレミアム価格に成ってる希少酒ですよ。
昨年開催予定が、1週間前に一転中止が決定された青森「ねぶた」の顛末総括冊子を頂きました。
https://www.mitsuishi-aomori.jp/
1月7日、始発の青い森鉄道で八戸へ
下北半島では大湊線が前日まで運休、道路も通行止めだったので、海上自衛隊員と思われる乗客が沢山乗っていて野辺地駅で乗り換えて行きました。
車体正面の雪は、空力的に狭められた車体下面の流れが後ろで巻き上げられる為に後方にも大量に付着します
さらに八戸線で、かもめちくわ工場など眺めつつ「鮫」駅へ。
駅前には8620型蒸気機関車の動輪やら、9kgレール(旧港湾施設用?)やら、ジョーズのオブジェ(笑)やらあります。
八戸「鮫浦漁港」に到着
かつてここに建っていた廃墟ファンには有名な「八戸漁連」は解体されてもう有りません。因みに通称「ハト漁連」と呼ばれていたのは入口のドアの「戸」の文字が擦り減って「Г」に見えた為と推察されます。
漁港に隣接する蕪島と、その頂上は「蕪嶋神社」
2015年に神社は焼失するも、一昨年再建されました。
漁業の神なので大漁旗が、日の丸は海防艦「稲木」の慰霊碑です。
蕪島休憩所の屋上、というか盛り土で建物は埋められててその上から蕪嶋神社。朝早いので神社の入口はまだ柵で封鎖されていて、地面の新雪には足跡一つありません。
それにしても八戸は太平洋側の気候で普段は雪が降らないんですが、凄い事に成ってます。
蕪島は元々独立した島でしたが戦時中に海軍が埋め立て地続きに。撮影場所は旧海軍施設跡(現波浪記録施設と休憩所)で、本土決戦に備えて特攻艇「震洋」を収容する坑道が5本掘られました
漁港の上を八戸線上りが通過中。右端大屋根は「浮木寺」。
この二日後には「どんと祭」が開催です。
周辺は「うみねこ」の繁殖地として天然記念物指定も受けていて、海面と空を埋め尽くす雲霞のごとくの「うみねこ」の群れ
島の東側へ。
遠方はENEOSを中心に八戸工業地帯。
八戸港では川崎近海汽船のカーフェリー「シルバープリンセス」が入港作業中。
この辺りの地質は段丘堆積物と風成火山灰ですが、南から蕪島まで海岸は溶岩が剥き出しに成っています。
何の悪気も無く魚貝海藻類を獲って帰る観光密猟者が居るので警告の看板もあります
TVドラマ「居酒屋新幹線」最終回のロケ地がまさにここ。
神社に戻ると関係者が入口の柵を開いてました。
が、あろう事か千葉ナンバーの黒い車が鳥居前に横向きに駐車して階段を塞ぎます。そもそも天然記念物指定地で、一般車侵入禁止の看板が陸側にあります
しかもドライバーのオッチャンはスマホで写真を撮ったりしていて(車・鳥居・神社を同じフレームに入れたかったんでしょう)、神社関係者の抗議に耳を貸しません。
車と入口の隙間から階段を上がりました
件の車は少し動いてまだ鳥居左手に居ますが、平然と犯罪を犯していて何の積りなんでしょうね。密漁同様、知らなかったで済ます手合いだと思われます
突堤の向こうに見えるサイロとベルトコンベアーは「八戸鉱山株式会社」。
甲型海防艦「稲木」は米機動部隊艦上機による八戸空襲の際に湾口で防備に当たり撃沈されました。
なので蕪嶋神社と共に八戸港の守護神的扱いとなり丁重に祀られています
神社は溶岩の塊の上に鎮まるのが分かりますね。
先ほど東側から見上げた方向。
うみねこの群れの向こうは「水産科学館マリエント」。
勿論お参りもしますよ。
社務所には高校生くらいの美少女巫女さんが居て萌えますが盗撮はしません
頂上を三周するとご利益があるそうですが、凍結で一か所転倒が避けられないであろう場所があり断念。
この地方の鳥居は皆朱塗りなので雪景色に映えますね
まだ9時代ですが駅に引き返します。
因みに死角ですが陸側にはチッコいけど鳥居付きの「交通安全稲荷」もあります。
放水除雪された道のマンホールですが、向きは上下逆です。
真ん中に南部藩「向鶴の紋」を図案化した市章(1931年制定)、菊は市の花です。
遠洋底曳き網漁船「第五十一開洋丸」(シップスオブザイヤー2013)。
晴れてても雪が凄い降ってますが、これより八戸線でさらに南下します
さて、ここでお盆休みの台風の時の光景です。
何か沖で貨物船が座礁してるっぽいです。
全然大丈夫じゃない感じです
結局「階上」駅から先は運休で折り返し。
そして今回。
右端に見える天辺が平らな石垣は現在は展望台ですが、元々海軍のレーダー用基礎でした
天気晴朗、なれども波高し。
平内駅手前で「岩手県立種市高等学校」が見えます
朝ドラ「あまちゃん」の仮面ライダーフォーゼこと種市先輩が所属する南部潜りダイバーを養成する「海洋開発科」(ドラマでは潜水土木科)がありますが、ロケが行われた潜水実習訓練棟は一番向こうの建物の一部です。
「種市」駅に到着。
マンホール絵柄は「南部ダイバー ダイちゃん」。
駅前通り的地区へ。
建物の合体感に注目。
元は理容室でしょうか、建て替えるより新しい建物を隣や近くに建てた方が早いって感じで家屋が並びます。
村落や鉄道は断崖上の高台にあり、三陸浜街道(旧国道45号、現岩手県道247号角ノ浜玉川線)を漁港に向けて下って行きます。
味わい深い建築多数
市町村合併で現地名は洋野町になります。
浜まで下ると種市「金刀毘羅神社」があります。
今は防波堤で海と遮られてますが古地図を見ると最初の漁港(というか岬に守られた浜)に面してます。
最新の地図や神社リストには掲載されてませんが鳥居は神社と稲荷用に二つあったりしっかりしています。
ガッツリ感満点の防波防潮堤
画面右手外には被災から復興した食堂「はまなす亭」がありますが、まだ開店時間前。
陸閘から海側へ。
凄い要塞感
震災後東北各地に俄か造りされた高さがあるだけで津波に対して全く役に立たない防波堤(その実態は薄っぺらなコンクリ塀)とは違いしっかりしています。
余談ながらコンクリ塀界隈を現地で生で見ると、防波堤より四車線道路、次には高速道路建設が優先って、復興は口実ばかりで土建へ公費を注入するのが目的の災害ゴールドラッシュ政策が見て取れます
観光商業施設「ひろの水産会館ウニーク」へ。が、食堂とか休業中。
三階から南方向の眼下に「ウニ栽培漁業センター」が広がります。養殖とは言わないんですね。
上空を北に向けて航空自衛隊のチヌークが飛んでましたが、どこかのレーダーサイトから三沢に戻るとこでしょうか。
ウニークに展示されてる漁船模型の一つ。
種市高校潜水作業実習船、6代「種市丸」。
はまなす亭開店時間を待ち構えて「ほや飯定食」。
夏にホヤ食べに来ようとして断念、今回も雪害であわやですよ。
なので一段と美味しいですねぇ
イカ刺しや海藻味噌汁付
https://www.uninosato-hamanasutei.com/
高台に戻り、役所の前にある「英霊顕彰碑」と「忠魂碑」。
右は日清日露戦争戦没者慰霊碑、左はそれ以後の戦死者を祀ったもの。
断崖の上の「ひろのしおかぜパーク」から東方向の眺め。震災前の海浜公園が被災流出した為に老人ホーム跡に新設された公園です。
右手は種市漁港。
蕪島から南に海岸で露出していた溶岩は種市高校の北で終わり、古い花崗閃緑岩と風成火山灰が海岸と直角に交互に櫛形に並んで崖に面しています。
つまり県境を境に地質も変わるという事に成ります。
波浪で見えませんが水面下に棚状に広がる種市層(砂岩)にはウニ養殖溝が掘られ、干潮時にも中の昆布とウニが海面から出ないと同時に保護する仕組みに成っています(立入禁止)
駅に向かって戻ります。
農機船外機店。
またどの建物も一律ではなく個性的です。
空き地にごく最近作られた「種市幸魚藍観音菩薩」。
入口入って左右に「福徳地蔵尊」「開運地蔵尊」。
駅前の「南部ダイバー ダイちゃん像」と「旧種市駅腕木式信号機」。
八戸線で北に戻ります。
第一久慈街道踏切(三陸浜街道)近くの気になる建物
宗教施設っぽいですが民家のようで、敷地は塀で隔ててるものの同じ意匠が何軒か並び、道横には何台も並べられる駐車場があって、一定の人数が集まる事が想定されてて興味を引きます。
青い森鉄道、上北を過ぎる頃にはまた吹雪に逆戻り
青函トンネルを抜けて来た貨物列車が10分置きくらいですれ違います。
北海道〜東北の鉄道を1〜2時間に1本の旅客列車だけを根拠にローカル線論を主張するのが如何に現実無視の脳内完結自己満足なのかがよく分かります。
青森市街はこんな状態です
青森駅に帰還。
ドア進行方向に雪が付着し板状に成って、ドアが開いてもそのまま形状を保ってます。この直後男の子が破壊
駅員さんの前にある緑の箱は、ワンマン運転の為の車内集金箱を交換し外したもの。
隣は奥羽本線、その向こうは津軽線。
駅前「ニコニコ通り」、典型的なシャッター商店街です。
そして謎の台車のある地点。
映画「いとみち」のメイド喫茶「津軽メイド珈琲店」が近くに有る設定。ロケは弘前の雑居ビルですが、登場するメニューは実際この近くの喫茶店が担当しました。かつて本当に存在していたメイド喫茶は数年前に閉店
何度も来ている場所ですが別の世界のように変貌しています。
そしてまた解体された建物も何軒か確認。
しかし”のっけ丼”で観光的に有名な「青森魚菜センター(古川市場)」だけはこんな状況でも大繁盛で、路上駐車する県外ナンバーの車とか並んでいて市場前の通りは大混乱状態です
これも観光的に”味噌カレー牛乳ラーメン”で有名な行列店「味の札幌 大西」。
私の感覚ではラーメン屋として味は大した事はありません。長尾中華そば1号店やアウガ地下「㐂伝」の方が価値あり。
手前の道は、もはやバス通りと言えどもアスファルトが見えず、バスも上下にボコンボコンと跳ねながら進んで行きます。
もう一つの味噌カレー牛乳ラーメン「味の札幌 浅利」。元祖のお店は廃業していますが、暖簾分けが二軒あるのです。
こちらのお店の看板は店名浅利を止めて味噌カレー牛乳ラーメンと替えました。
普段は片手にスマホ、片手をポケットに突っ込んだ頭の悪そうなInstagrammerが大行列を為しています
はまなす亭で買ってきた「うに飯」と、青森駅前新町通りのテイクアウト専門「やきとり 直」(居酒屋版は浅利の隣)で買った弘前郷土料理「いがメンチ」
https://yakitori-nao.com/honten-takeout/
この日はこれを夕飯として呑みに出ず、寝てしまいました。
豪雪の大湊・板柳・蟹田編につづく。
ログインしてコメントを確認・投稿する