「G.I.ジョー 漆黒のスネークアイズ」「クレイジー・リッチ!」のヘンリー・ゴールディング主演作で、難民として家族でイギリスに亡命した青年が、30年ぶりに訪れた故郷のサイゴン(現ホーチミン)で自身のアイデンティティを探す姿を、「追憶と、踊りながら」のホン・カウ監督が描いた。6歳の時に家族とともにベトナム戦争後の混乱を逃れてイギリスへ渡ったボート難⺠のキットは、両親の遺灰埋葬のため、30年ぶりに祖国のサイゴンを訪れる。そこは経済成長を遂げ、かつての姿は見る影もない場所だった。ベトナム語すらままならないキットは、英語の話せる従兄弟のリーの助けを借りながら、自身の大事な場所を探し始める。そんな旅の中で、キットは自分たちの家族の亡命にまつわる、ある真実を聞くこととなる。(映画.comより)
<2022年1月16日 劇場鑑賞>
この監督の前作「追憶と、踊りながら」は、とても興味を持ったにもかかわらず、見ずに来てしまった作品。今回は田舎でふいに上映されていたので、早速行って来ました。
結論から言うと「よくわからなかった」。監督、ごめんなさい。主人公の”自分探し”系の話だというのはわかるのですが、これは歴史的背景をよく理解していないとなかなか難しいのではないかと。自分の知識不足を棚に上げてすみません。でも、ベトナム戦争というと、アメリカ軍が撒いた殺鼠剤のせいで”ベトちゃんドクちゃん”みたいな子がたくさん産まれたとか、アメリカ本国では反戦運動が高まったとか、結局得るものなんてなかった、とか。そんなことくらいしか知らなくて、ベトナム本国の人々がどうだったかなんて、まるで知らなかった自分に愕然としました。
主人公は、小さい頃に両親と共にベトナムからイギリスへと逃れた、いわゆる「ボート難民」。今回、亡くなった両親を弔う場所を探して故郷へとやって来たのでした。戦争が激化していた頃はたくさんの人がこの国から逃れようとしたようで、しかしベトナムに残った彼の親戚は、アメリカやハワイを希望したために願いが叶わず(希望する人が多かった)、たまたまイギリスを希望した主人公の家族がイギリスでそれなりの生活を送れていたことに対して、複雑な思いを抱いています。まずこの親戚を訪ねた主人公は、もう母国語も話せなくなっていて、英語が話せるイトコに通訳を頼むしかありません。
そして、ベトナムに行く前から連絡を取り合っていたのでしょうね、現地で黒人青年(アメリカ人)と合流します。主人公はゲイで、たぶん出会い系。でも、黒人青年もまた、父親がアメリカ側としてベトナム戦争に参戦していたことを気に病んでいます。
現地で蓮の花茶を作っている、昔ながらのおうちの女性とも知り合います。若い彼女は、年寄りしか飲まない伝統茶なんかに未来はないと考えていて、本当は継ぎたいなんて考えてないのだけれど、学費などを捻出してくれた家族をむげにもできず、人生に迷っています。
とまぁこんな感じのことが、淡々と描かれるのです。冒頭のバイクの波の俯瞰(本当にすごい数のバイク!虫みたい)から始まって、街中はすごい喧噪だと思うのに、なぜか静謐な印象を受けるのは、主人公のヘンリー・ゴールディングがあまり喋らないから?個人的には、主人公がゲイなのは一向に構わないのですが、濃厚なゲイシーンに戸惑いました。ここまで必要だった?あと、変わってしまったサイゴンと変わらないハノイの対比も、知らないとわからないので、よくわからずに見ていました。一回会っただけ(多分)の女性が、自分の考えを述べながら主人公をおうちに誘うので、(もちろん、たくさんの家族がいて蓮茶を作っているのだが)ベトナムでは、こんなに簡単に親しくなるのかな、とかちょっと思いました。もちろん、いい人なんですが。
それを言うと、出会い系(たぶん)の青年も、とってもいい人でした。彼とは、うまくやれそうな感じで終わっていたと思います。人を疑うことを知らない国なのかもしれませんね。まぁ私も性善説の持ち主ですが。
これから見る人は、歴史を少し勉強しておけばいいかもしれません。
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