米ジョンズ・ホプキンス大学の統計によると、9月9日の時点で世界の感染者は2億2千万人を超え、死亡者数は459万6千人に達しました。地球の人口の約2.8%の人が感染していることになります。おそらく感染はさらに拡大し、この先いったい何年間、我々はこのウイルスとの戦いを強いられるか見当もつきません。
今のところ、このウイルスとの戦いのために我々が持っている唯一の武器は「ワクチン」だと政府は言います。それ以外はこの天敵に立ち向かう特効薬を、人類はまだ入手していないといも言います。
もちろん、「ワクチン」というものの存在が、いかに大きな力を発揮して、地球規模の集団免疫を獲得し、クラスター抑制に役立つかと言いますが、過去に集団免疫を獲得したということは一度もなかったことは事実です。
ワクチンには、大きな働きがあることも重々理解しています。それは、個人の生命と健康を守るためです。だが、遺伝子ワクチンは未知の領域だと私は思います。この日本の国で生きている我々は、国家によって生きる権利を守られるべきでしょう。
そのことは、第二次世界大戦で国のため戦場に駆り出された経験を持つ世代に属する者であれば、十分に理解できるはずです。しかし、そうしたワクチンの重要な役割の反面で、どうしても納得できない現実があります。それはワクチンが引き起こしている、影の部分ともいえる「副作用」についてです。
実は、この約6か月の間に1000人以上の人が、ワクチンの接種後に原因不明の死をとげているのです。識者の中には、これはワクチンを打たなくても自然の摂理に従って起きる現象であり、決して問題になる現象とは言えない、と述べている人もいます。
メディアの一部のテレビ・ラジオなどでは、ワクチン推進派の人々が、まるで戦場で兵士に攻撃命令を下しているかのように、打て打てと連呼して、ワクチン接種へと大衆を導こうとしています。そして、少数意見のワクチン接種慎重派の意見は押しつぶされようとしています。しかし、これは危険な現象です。
もう少し冷静にワクチンの効用と、その反面、どんなワクチンでも消すことのできない副作用について、論議を尽くすべきだと思います。我々日本人は、第二次世界大戦に突入したころ、国民を戦争へと還り立て、虚偽の戦果を報道し続け、その結果310万人もの国民を死に追いやったことを忘れてはいけません。
その報道の罪と罰を二度とくり返してはならないのです。この世の中には、一つの事象に対して賛否両論があるのは当然のことであり、真理を見極めることこそ、民主主義の根幹をなすものだと信じます。とくに医療は、国民の生命に関する重要な問題であり、左右いずれにも偏った意見に集約されることは、国民の不幸を招きかねん。
世界のある識者は、「ウイルスを学ぶ者は政治に口を挟むべきではない」という主旨のことを言っています。つまり、医学を学ぶ者は、医学的な見地から淡々と事実を国民に伝えるだけで、その役目は十分に果たされているのです。
その事実を正しく汲み取って、国民のために役立てていくのは為政者の仕事であり、ウイルス学者の仕事ではありません。多くの医者は、現在のワクチン接種数を増やしたいがための一部の学者や識者の煽り現象に、眉をひそめて不安を覚えています。コロナワクチン3回目打ちますか。医者の私が接種しない理由。医学博士・志賀貢/幻冬舎、参考。
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