奈義町探訪の続編です。
「屋敷の滝」「菩提寺」見学後、南西方向へ通過する途中に「大別当城址」の石碑を発見。
この日は予定外であったが、立ち寄る事にした。
・TOP左画像
「大別当城展望台、第別当城跡入口」の石碑
「大別当城」は那岐山から南へ派生した標高591mの大別当山に築かれている。
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登城路は途中まで階段状に整備されている。
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最初の曲輪に到着。
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ここで『防衛庁』『48年度』の石柱を見る。
ここ周辺は奈義町の陸自・日本原駐屯地の管轄らしい。
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南北に伸びたほぼ同じ高さの尾根上に曲輪が並ぶ連郭式山城になる。
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堀切と思われる窪地はなだらかな傾斜に変貌している。
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南端の曲輪に続く急斜面。
すべりやすいのでここではロープを張っている。
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「展望台」
縄張りの南端に位置する。
屋根付きの休憩所を設けている。
・TOP中画像
「鬼子母神」の石碑
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「縄張り図」と「立体図」
細長い尾根の中央に2つの堀切を挟まれた主郭がある。
また、周囲にL字状の土塁や帯曲輪の配置が分かる。
↑(TOP右画像)
展望台より見下ろす奈義町の町並み
さて、「別当山城」の築城年代は不明であるが、有元氏が築いたと云わる。
1361年(正平16年)、山名氏による美作侵攻により落城するが、戦国期は有元氏が城主として、尼子、毛利、宇喜多に仕える。
また、近くに「八巻山城址」や「鎌倉山城址」もあるようだが、次の目的地があるので今回はパス。
つづく
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