くじ引きで選ばれ、のちに殺された将軍と言えば、室町幕府の第六代将軍、足利義教です。五代将軍が死に、四代将軍だった足利義持が死んだ後、くじ引きで将軍となりました。反対派を力ずくで押さえつけたが、反発を買い、守護大名の赤松満祐に殺されました。
足利義教は、三代将軍・足利義満の三男です。長男の義持は義満と仲がよくありませんでしたが、義満の死後、四代将軍となりました。義教は、十五歳で出家し、のちに比叡山延暦寺(京都府)の住職となりました。
ところが1425年、五代将軍になっていた義持の子・義量が十九歳で亡くなりました。さらに1428年、病気でふせていた義持は、次の将軍を指名しなかったため、くじで選ぶことになりました。石清水八幡宮(京都府)のくじをひいた結果、義教が、当たりました。
義持の死後、義教は僧をやめ、六代将軍につきました。関東をおさめる鎌倉公方の足利持氏は、自分が将軍になれると思っていたため、義教に不満をもっていました。義教は、口実をつくって持氏一族をほろぼしました。
さらに自分に反発した大名や有力武士も、力ずくでうち取りました。「くじびき将軍」とよばれていた義教が、将軍の力を見せつけようとした結果でしたが、強引なやり方はさらなる反発をうみました。
1437年、義教に打たれると噂になった播磨国(今の兵庫県)の守護・赤松満祐は、先手を打って、義教を自分の屋敷に招き、騙し打ちにしました。義教は首をはねられて殺されてしまいました。
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