1971年、ニューヨーク。アメリカを代表する写真家の一人と称えられたユージン・スミスは、今では酒に溺れ荒んだ生活を送っていた。そんな時、アイリーンと名乗る女性から、熊本県水俣市にあるチッソ工場が海に流す有害物質によって苦しむ人々を撮影してほしいと頼まれる。水銀に冒され歩くことも話すことも出来ない子供たち、激化する抗議運動、それを力で押さえつける工場側。そんな光景に驚きながらも冷静にシャッターを切り続けるユージンだったが、ある事がきっかけで自身も危険な反撃にあう。追い詰められたユージンは、水俣病と共に生きる人々にある提案をし、彼自身の人生と世界を変える写真を撮る──。(公式ホームページより)
<2021年9月23日 劇場鑑賞>
ユージン・スミスという写真家を知りませんでした。水俣病については、子供の頃に4大公害病として小学校で習いましたし、図書室で写真を見ることもありました。チッソという会社が水銀を垂れ流したせいで、たくさんの人に被害が出たこと、水銀は体に有毒だから、その後(私が子供の頃に使っていた)水銀体温計は回収されたことや、銀色に光っていたことを記憶している「赤チン」なんかももう売られていないことも知っています。でも、彼を知らなかった。そして、見るだけで衝撃を受けた「入浴する智子と母」、この写真を知らなかった・・・。
この写真、インパクトが強すぎて一時封印されていたことも映画で知りました。なるほど、家族の気持ちを考えればそれも納得です。でも、映画の冒頭、かすかに智子さんと母親のシーンが映るのですが、もうそこだけで私は衝撃を受けました。甘いかもしれませんが「しまった。これは、最後まで見れないかもしれない」と、一瞬で思ってしまったのです。子供たちが大好きなぶん、子供が被害者になるシーンに耐えられません。世の中はそんなに甘いものではないとわかっていますが、やっぱり見たくない。だから、「ジョニー・デップの映画を見よう」と軽く出かけてきた自分を反省したのでした。
しかし、そこからは、キャリアに行き詰まり世捨て人のようになったカメラマンのジョニーの話が続き、水俣の町にやってきた後も町の人々との交流が描かれたりするので、普通の映画のように鑑賞できました。そして、一番のラスト、とてもとても効果的な方法で、冒頭の入浴シーン(入浴シーンであることは、ここでわかるようになっている)が挿入されるのです。そうか、これだったのか、と体が震える思いでした。なんということでしょう。同じ人間でありながら、こんなことが・・・。
日本人でありながら、何も知らなかった自分に愕然としました。そして、最後のクレジットには、世界中の公害や人的災害が次々に映し出され、どれだけ時が流れても、変わらぬ人間の業が描かれます。でも自分も、そういう発展の元での暮らしを享受している。何とも言えない無力感と後味の悪さを感じた映画でした。
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