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2021年09月02日08:50

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事実だけをみよう。

ここ10年ほど、
開かれた無限の世界と閉じられた有限の世界とでは、法則が異なるという点に興味を持っております。

たとえば、無限集合では、一対一対応によって数の大小が決められない。
倹約は個人を富ませるが、社会を貧しくする
など例にことかきません。

あるとき、スペック主義はいけないと思いました。
なぜいけないのか。
本来、無理、無意味である計算方法を用いているからです。

たとえば、学歴や子ども。
大学出で子どもをお持ちのAさんが学校を出ておらず、子持たずでも、AさんはAさんです。
つまり、100+5+5が110になるのではなく、100のままだというような世界が思われます。
四則演算が通用しません。

だから、コロナのトリアージも、本当は不可能なものを強引に成立させているわけです。

下は、高齢者の部類に入る同僚のコロナ生還記。
クリスチャンでいらっしゃいますが、だから、助かったの、穏和な人だからどうのといえません。
人間が認識できない剥き出しの事実が露出しているだけです。 

以下、中西光雄さんの手記です。


過去にも転載したものを再掲します。
内容は、全く同じです。


おはようございます。入院後一か月目の朝を迎えま
した。思いがけず長い療養生活が続いています。38
度の発熱から3日後の朝、それまで98あった酸素飽
和度が80代に低下し、あっという間に爪も指も土
気色に変わってゆきました。保健所に相談したとこ
ろ、県のドクターが電話をくださり、重症化の可能
性が極めて高いから、救急車を呼んで入院してくだ
さいとのこと。横浜労災病院へのコーディネイトも
してくださいました。入院後直ちにステロイドのが
投与がはじまりました。熱は下がったのですが、肺
炎は悪化していったらしく、重症者にだけ適応され
るエクモ(体外型膜式人工肺)がある横浜市大附属病
院に転院しました。そこからの記憶がありません。
私の意識が戻ったのは7月9日。昨日息子から聞か
されたのですが、酸素飽和度が通常の5分の1まで落
ち、ドクターからいつ死んでもおかしくないと告知
されていたそうです。7月6日にエクモが装着さ
れ、日本に4台しかないエクモカー(車中でエクモが
装着できる救急車)で横浜市大総合医療センターの
高度救命救急室に移送。私はまったく知らない場所
で覚醒したことになります。ここでエクモのエキス
パート谷口先生が主治医になって献身的な治療をし
てくださったおかげで、少しずつ自発呼吸が戻り、
意識も戻ったようです。脚の付け根と首にエクモの
管が入り、気管挿管されていたので声も出ません
が、生きていることは実感できました。翌日オンラ
イン面会で息子と孫に会えた時には涙がとめどなく
流れました。ほんとうに救っていただきました。谷
口先生によるとエクモは通常装着10日目くらいか
ら効果があるそうですが、私はそれより早く装着7
日目の12日に離脱することができました。例外的
にはやい回復だったようです。抜管後二日間人工呼
吸器の酸素量をコントロールしながら自発呼吸が安
定してきたことを確認し、最初に入院した横浜労災
病院のICUに戻ってきたわけです。高度な治療を病
院間を超えて提供する体制が横浜市にはあり、私は
今できうる限り最高の治療をしていただいて命が救
われたと心から感謝しています。ドクターだけでな
くナースみなさまの献身にも感謝しています。意識
が戻ってから常に話しかけ、患者の心に寄り添い、
励ましてくださいました。ラジオを持ってきてFM
を聴かせてくれ、私がジャズが好きだとわかると有
線放送でジャズをかけてくださったりもしました。
私の仕事を知るや、「古文」は一番嫌いでしたと口
を揃えていう割には、清少納言の自慢話がいかにも
という感じがして大嫌いなんですと言ったり、「徒
然草」って何時代でしたっけ?という質問までされ
て、さすが医療系の学生はしっかり古文を学習して
いることもわかりました。とても楽しい経験でし
た。患者の心と身体の微妙な変化に気づき、私が一
番苦しい一晩に寄り添ってくださったナースのこと
は忘れられません。彼女は翌朝「心配してたんです
よ」と言って担当を代わられたのですが、この方は
私の苦痛をほんとうに共有してくださっていたのだ
と思いました。ただその方にはお礼を言うことがで
きていません。いずれ必ずと思っています。その方
に限らず、現在活躍している医療者たちは強い使命
感と献身で日本の医療を支えておられます。特に若
い人々の懸命な姿に心を打たれました。「ちょうど
いい室温だと思いますが、私たちサウナスーツを着
てるようなものなんです。だからと言ってちっとも
痩せないんですけどね」と言って思いきり笑わせて
くれたベテランのナースもおられました。コロナ患
者の看護のためには、部屋に出入りするたびに防護
服を脱着する必要があり、さぞ大変だろうと思うの
ですが、それをユーモアを交えて笑い飛ばしてくだ
さり心が軽くなりました。ありがたいことでした。
多くのみなさまが家族とともに私の回復を祈ってく
ださっていたことに感謝する日々です。中途半端な
ことを申し上げると気持ちが悪いだけなので別の機
会にあらためますが、今回の臨死体験の中でみなさ
まの祈りが届くという経験を確かにしました。完治
しましたらこのご恩は必ずお返ししてゆくつもりで
おります。私が感染したのはアルファ変異株だとわ
かっています。なぜ私が重症化したのかを考えるの
ですが、ようするに7月はじめにおいて、ワクチン
未接種の高齢者であるというファクターが一番大き
いように思います。私には発熱後接種券が届けられ
ました。最悪のタイミングでしたが、今一番弱いも
のにターゲットを絞って徹底的に攻撃してくるとい
う賢さ・冷酷さこそ新型コロナウイルスの本質だと
私は思っています。本来退院後にまとめるべきこと
を今日こうして書きましたのは、現在爆発的に感染
拡大中のデルタ株からぜひ身を守っていただきたい
と願うからです。デルタ株はワクチン接種の年齢層
の拡大に応じて、若者に、40〜50 代に容赦なく襲
いかかってきています。恐ろしいやつです。合理的
で賢いやつです。ワクチンの接種が可能な方はな
さっていただきたいですし、不可能な方はさらに特
段の注意をして生活なさってください。患者が増
え、さきほど述べた医療のすばらしい連携がとれな
くなれば、最良の治療を受けられなくなり、医療者
も疲弊します。感染した私が言ってもまったく説得
力はありませんが、どうかこの厄介なウイルスに感
染なさいませんようにと私の全身全霊をかけてお願
い申し上げます。コロナウイルスは一度陽性になる
となかなか身体から出ていきません。私の場合は3
週間かけてやっと陰性になりました。私自身はこの
結果を受けて隔離解除となり、治療もほぼ終了しま
した。現在は一般病棟でリハビリをしながら、リハ
ビリ専門病院への転院を待っているところです。命
がかかった闘いをしたために当初まったく身体が動
きませんでしたが、今は介助付きで歩くことができ
ます。日々回復してゆく自分を励ましながら、あと
少し入院生活を続けます。どうぞみなさまお元気
で!これからもよろしくお願い申し上げます。(も
しどなたかのお役にたてるのでしたら、ご遠慮なく
シェアなさってください。)


■「ミュー株」国内初確認=空港検疫で2例―厚労省・新型コロナ
(時事通信社 - 09月01日 22:30)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=6651700
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