■「東京23区外なんて山梨だよ」と言われた立川市民、区外の素晴らしさについて共感求める
(キャリコネ - 10月24日 08:30)
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「都心」を千代田区などの三区にするのは、まあ、歴史的にそうでしょうね。しかし、震災や空襲で残っているところとそうでないところは全く違います。
神保町〜JR神田辺りまで、千代田区神田××町という町名が続きます。あの辺りの代々の住人は、自分のことを「江戸っ子」とすら言わず、「神田っ子」と言います。
神田に代々住んでいるということを背景にして、独特のさばけた人柄を持っている人が多いですが、実は、学歴や収入などは多様です。多様な人を許容するというか、差別したりするのは、野暮天だという意識があります。
銀座も実は同じです。
中卒後に、数十年も律義に働いて名手となった職人さんや、お客さんの子どもを産んだ仲居さんなどもいます。むしろ、街のメンバーとして、地主や老舗の主人以外の人もいて初めて成り立つ街ですし、ブラブラ歩くとすぐに築地です。
それは、大手町的な街とは全く違います。実際に、神田や銀座の裏の魅力は、都心に近いというだけでは語れません。
むしろ、この話は、画一的な新規参入田舎者が作り上げた話だと思います。
大手町に近ければ近いほど都会だというような、画一的な価値観です。
新興住宅地で何がいけないかというと、大卒、上場企業、マンション、子どもは塾…という金太郎飴の状態と、自分が「勝ち組だ」という思い上がりがいけません。
(豊かな文化が伴うわけではありませんから、うらやましい境遇とは言えません)
郊外というと、都心の喧騒を離れた住宅地だというイメージがあります。
そのイメージは、むしろ、文京区や新宿区、豊島区などではないでしょうか。
実際、山の手と下町いう言葉の起こりは、崖の下に位置する、上野や入谷が下町。上に位置する本郷が山の手というものです。
ご存じのように、この本来の山の手は谷根千という言葉がある通り、多様なテクスクチュアがあります。三ツ星レストランの××の視点があるとか、ヤマダ電機があるなどどいう情けない話ではありません。
都心

郊外 という対立が、二十三区とそれ以外に拡散されたのは、analogyですがまちがったanalogyだと思います。
文京区も、またそれほど史跡のない新宿区なども、歩いて楽しいです。
また、緑というより、独特の起伏と灌木の茂みというと、世田谷区が陶然とするほど素晴らしいです。
街に建ったタワーマンションは、他人んちですから自分とは無関係ですが、街の多様性や散歩の喜びは、街を歩くすべての人、一人一人のものです。
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