一昨日が千秋楽だった大相撲7月場所は、例年は名古屋で開催されていました。
新型コロナウイルス感染症流行による緊急事態宣言を受けて、
5月場所が中止となりましたが、
大人数での東京から名古屋市への移動と滞在を避け、国技館での開催となり、
更に観客は約2500人に抑えられました。
観客はマスク着用を求められるとともに、掛け声も控えるように注意されていて、
代わりに拍手で声援を送るように指導されていたようです。
日本では、明治時代後半位までは、
演奏会や舞台などで観衆が拍手をする習慣はありませんでした。
能や狂言では、今でも拍手する場面がありませんので、
実際に観ていて、戸惑われた経験のある方もいらっしゃるかと思います。
もちろん日本人が拍手をしなかった訳ではありません。
神社などで神に祈る時に柏手と呼ばれる拍手は行っていました。
手で音を出す理由は、
神への感謝や喜びを表すため、
願いをかなえるのに神を呼び出すため、
邪気を祓うためといわれています。
更に古く、魏志倭人伝には、
貴人に対し、跪いての拝礼に代えて手を打っていたと記されていて、
当時は人に対しても拍手を行っていたようです。
古代では神・人を問わず貴いものに拍手をしていたのが、
人には行われなくなり、神に対するものが残ったのかも知れません。
一方、芸人などは河原乞食と呼ばれていたように、蔑まれていました。
ですから、その人達の演技に拍手する習慣はありませんでした。
その代わり、歌舞伎では現在も行われている掛け声がありました。
役者がいったん演技を止めてポーズをとる見得を切った時に、
「○○屋」とか「○○代目」との掛け声を掛けていました。
いつから舞台などで、観客が拍手をするようになったのか気になります。
永六輔の「芸人その世界」によると、
1878年(明治11年)、守田勘也が新富座を建設して、同年6月7日の開場式に、
太政大臣三条実美をはじめ各外国公使らを招待した際、
これらの外国人達が、マナーとして拍手したのが最初との事です。
「芸人その世界」には、
1911年(明治44年)に、西欧風の帝国劇場が完成した頃、
演奏会や舞台での拍手が定着したと書かれていました。
なお、同書の別の箇所には、六代目尾上菊五郎の言葉として、
「手を叩いて喜ぶのは池の鯉だ。池の鯉みたいな役者は嫌いだ。」が載っていました。
六代目菊五郎は、1885年(明治18年)に生まれた歌舞伎役者です。
大正から戦前にかけて活躍しましたが、
拍手をしなかった頃の歌舞伎が好きだったのかも知れません。
大相撲のキャッチフレーズに「館内に入ると江戸時代」がありましたが、
掛け声と拍手、江戸時代とは正に逆だなぁと思っていました。
これも新型コロナウイルスの感染防止のためなので仕方ないのでしょうね。
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