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2020年07月27日16:19

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急性骨髄性白血病の闘病のニュースも記憶に新しい中の訃報。

山本寛斎さん、急性骨髄性白血病で死去 76歳 娘・山本未來が報告
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=54&from=diary&id=6172291
ファッションデザイナーにして産業デザイナー、イベントプロデューサーと多方面で活躍した山本寛斎が、予てから治療が伝えられていた急性骨髄性白血病のため亡くなった、ですか。今月21日に亡くなったとのことで、今日(27日)に娘(次女)の山本未來が自身のInstagramで「父、山本寛齋は去る7月21日、私を含め家族が看取る中、安らかに76歳にてこの世を旅立ちました。私にとって、父はエネルギッシュで明るいことはもとより、穏やかで、寛大で、人懐っこく、コミュニケーションを大切にし、無償の愛を与えてくれた存在でした」と報告したのが第一報のようで、この3月に急性骨髄性白血病の罹患と治療を公表し、その陽気でハイテンションなキャラクターで治していくのだろうと思っていましたが、その時点で症状が思わしくなく、余命の告知もされていたのかもしれませんね。
1971(昭和46)年に日本人として初めてロンドンでファッションショーを開催、1974(昭和49)年にパリコレクション、1979(昭和54)年にニューヨークコレクションに参加、世界各地の主要都市に自身のブティックを出店し世界的なファッションデザイナーとしての地位を確立、着物のような柄を取り入れ、仏像から影響を受けた立体感のある服など「和」の要素をふんだんに取り入れた斬新でアヴァンギャルドなデザインで支持を高めた山本寛斎ですが、陽気で明るくとてつもなくテンションも高いあのキャラクターでテレビなどに多く出演し、傍目から見て、本業をちゃんとやってるのかと思いたくなるほどに"のめり込んでいる"印象がありましたね。
その頃からか、観光立国懇談会(VISIT JAPAN)や2005(平成17)年の「日・EU市民交流年海外事業」など各種日本政府諮問事業の委員などを務め、また2008(平成20)年のG8洞爺湖サミットの会場・社交行事の総合プロデュースなどイベントプロデューサーとしての活躍も目立ち、ファッションデザイナーの枠にとらわれずにマルチに活躍する人になりましたが、それもあの「無駄に」と接頭辞を付けたくなるほどに陽気でハイテンションなキャラクターがあってこそだったのかなと思って見ていましたね。
で、特に印象に深いのが、京成電鉄の成田スカイアクセス線の開業(2010(平成22)年)に伴い製造された最高時速160km/hに対応する新しい「京成スカイライナー」用新型車両(AE形)の内装・外装のデザインで、その塗装やロゴマークなどの意匠には、ファッションデザイナーとして取り組んで来た「和」の作風に通じる要素が多分にあり、2010(平成22)年度の「グッドデザイン賞」、2011(平成23)年度の鉄道友の会制定の「ブルーリボン賞」を受賞、劣勢にあった京成電鉄の都心と成田空港とのアクセス輸送を一気に優位に押し上げ、同時に、京成電鉄の乗務員・駅務員の制服も手掛け、そのイメージを大きく変えた存在となりました。
公式サイトでは「闘病中も、皆様にもう一度『元気』な山本寛斎の姿をお見せしたいという本人の強い意志のもと、前向きに治療に励む傍ら、クリエーションに対する熱い思いをスタッフに語っておりました。『人間は、無尽蔵のエネルギーを持っている。』どんなに苦しい時であっても、その気持ちを忘れずに、果敢に挑戦し続けました」と伝え、「長きにわたり、山本寛斎を応援して下さった皆様に、心より感謝を申し上げますとともに、謹んでお知らせいたします」としていますが、病床でも今月末に配信を予定する"World Wide Streaming"や、今年でデビュー10周年となる京成電鉄のスカイライナーの記念ロゴマークの作成など、エネルギッシュな活動を続けている様子が伝えられていただけに、その成果を自身の眼で確認し、まだまだ活動への意欲を見せたかったのだろうと思っていたのだろうと思います。その意味では、無念の死だったのかもしれません。
享年76とのこと、ご冥福をお祈りいたします。合掌。
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