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2019年08月03日07:29

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自己責任論は、間違い。

1 「椅子取りゲーム」という有名なたとえがあります。
世の大学生が一念発起して、toeic980点になったら、975点の人は就職試験に落ちるというわけです。
努力しても、社会全体はよくはなりません。

2 努力や能力は、社会が与える面があります。
「<しかし>の後が重要」などという、アフォな説を信じている人が、いかに多いか。信じた若者が悪いとも言えますが、教えた大人は、もっと悪いです。
個々の大人も悪いですが、
検定済み教科書、テストや奨学金、教員の雇用…などの学校制度全体の問題が、陰を落としています。

3 社会に多くいる、凡人やそれ以下の人を幸福にしないと、社会は良くなりません。
一番わかりやすいのが、景気と治安です。

だから、「自分の努力が足りないから、自分の境遇が上がらない」などと考える人は、どこまで、自分が可愛いのだろう、天下国家のことなど微塵も考えていないではないか…と、違う意味で戦慄を覚えます。

これで、この話は、完全に終わりです。

ここから、話が少々ズレますが…

4 学歴やスペックと知性や有能さは、あまり関係がありません。
東大卒の人が、自民党に投票することがあります。

有能というと、山本太郎さんなど、驚くべき有能な人物です。

目に焼き付いて離れないシーンがあります。
山本さんが大きな体をかがめて、上皇が在位していた時に。園遊会で直訴状を渡そうとしたときのことです。
上皇の温かいが峻厳な表情。山本さんの必死な表情。
…ところが、上皇は学習院大中退。山本太郎は、高校中退です。

上皇の発言、れいわのマニフェストは、練りに練られたものです。
そういうことは、学校で学ぶものだと考えたら、お門違いもいいところです。
戦前からの、法の理解が決定的に掛けていた政治家や軍人、
現実と乖離した教育政策を、どこかの教師(である党員)から吹き込まれたものか、得々と語る政党とは、大違いもいいところです。

先日、我が青春期の重大な先輩と会いました。
日本画家ですが、その人を中心としたグループから、
武術家、密教修行者かつ事相体系の改変者、画家、西洋哲学研究者、鍼灸の名人と、独自の路線を追求する人が出ています。
私はその末席を汚しているにすぎません。みんな、学生時代の私を「眠れる豚」と思って来たでしょう。今、イノシシくらいになれているとうれしいですが(笑)

このグループと同じようなグループは、東大京大はおろか、北京大や台湾大にもいません。
レベルの話というより、どちらかというと独創的な着眼点をもった集団として。

テストに受かって、大学の先生に教えてもらうという発想そのものがおかしいです。

■貧しいのは本人のせい? エリート階級に広がる「自己責任論」、乗り越えるには 格差問題の専門家に聞く
(ウィズニュース - 07月10日 07:10)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=220&from=diary&id=5699590
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